LIFE LOG(八ヶ岳南麓から風は吹く)

八ヶ岳南麓から風は吹く

大手ゼネコンの研究職を辞めてから23年、山梨県北杜市で農業を営む74歳の発信です/「本題:『持続可能な未来、こう築く』

この日本という国の現状と近未来に不安を抱かれる全てのみなさんへ(改訂版)

 このたび、子どもの手を借りながら、インターネット上で発信するためにこのようなブログという場をつくることにしました。
今回は、このブログの方向性を示しながら、私の紹介を簡単にしようと思います。

 

この日本という国の現状と近未来に不安を抱かれる全てのみなさんへ(改訂版)

 

 みなさんは今、この国の現状と近未来に不安を感じていないでしょうか。

感じているとしたら、それはどんなことに対する不安でしょう。

 私は不安を感じています。それも大変な不安を感じています。それは、このままでは、私たち日本国民のうちの現在のおよそ60台以上の大人世代はともかく、それ以下の世代の人たちや若者たちそして子供たちは生きては行かれなくなるのではないか、ましてや孫たちはほぼ間違いなく生きては行かれなくなるのではないか、という不安です。そう思う根拠は、この後すぐに述べるように、私たち「今」を生きるこの国の全世代が、これまでのものの考え方やそれに基づく生き方をし続けていたなら、本当に近い未来において、ほぼ間違いなく、歴史上、前代未聞で前例のない規模と長期にわたる大災難・大惨事に直面することになるのではないか、と私には感じられてならないからです。そしてその時、このままだと、特にこの国では、国民一般はもちろん、すべての政治家ももちろん、すべての役所の役人も、専門家と呼ばれてきた人たちすらも、誰もが、有効な対処の仕方もわからないまま、社会的、政治的、経済的な大混乱状態に陥ってゆくのは間違いないであろう、とも私には想われてならないからです。

 実はそのことこそが、専門家や知識人の誰も書かないのであればこの私が、たとえ分不相応とそしられ、批判されようとも、想定されるそうした大災難・大惨事を回避するための、拙著のような内容の書をどうしても書かねばならないと感じ、そして決意した最大の理由であり動機なのです。

 

 私が感じる不安は、総論的に言えば、世界的で地球的かつ人類的規模での不安と、日本が固有に抱える不安とからなるもので、いわば二重構造を成していると言えます。そしてそこでの日本の不安は、前者の不安の増大と深まりによって、いっそう深刻さを増している、と私は考えるのです。

 では、前者についての不安とは何か。
それは、言うまでもなく、加速度的に進んでいる地球温暖化であり、同じく加速度的に進んでいる生物多様性の劣化ないしは消滅という事態に因る不安であり、また、その両者を、世界人類は一向に解決させる明確な方法すら、未だ見出し得てはいないということからくる不安です。

 実際、地球の温暖化に因ると見られている気候変動も加速化し、異常気象は頻発化しています。そしてそれに因って干ばつや台風の巨大化と強大化が起こり、海面上昇が起こり、高潮の危険が増している。また、高温化や集中豪雨、洪水によって作物の不作や凶作も世界中で頻発化し、それが世界の食糧不足や水不足を招いているのです。また、生物多様性の消滅に因って、世界の様々なところで、生物種の絶滅が生じたり個々の種の数も激減し、それに因って例えば海の漁獲量や海産物の収穫量が激減したり、あるいは特定生物種の異常発生によって世界のあちこちで被害が続発したりしています。そしてこうした事態は、自然界の食物循環の環の外に位置しているヒトにもやがては及んできて、人間社会において、喰う物が手に入らないという事態が迫ってくるのももはや時間の問題なのでしょう。

 

 次に後者の、この日本という国が固有に抱えている理由や状態によってもたらされる不安とは何か。

それは、私なりに挙げれば次のようになります。

①日本人が生きて暮らしてゆく上で絶対に欠かすことができない物品である食料については、いまだに自給できていないどころか、その自給率は相変わらず37%という事態であること。つまり、63%は輸入に頼っているということ。しかも、「前者についての不安」に因って、すでに世界の多くの国々は自国食料を輸出することを禁止する措置に出ていること。②同じく、日本人が生きて暮らしてゆく上で絶対に欠かすことができないエネルギーについても、“日本は資源貧困国だ”という弁解にかまけて、今だに、それも何と自給率は11%という状態であること。つまり、89%、は輸入に頼っているという状態なのである。③今だに進行する少子化と高齢化を止められないでいること。その結果、国内のあらゆる所、あらゆる分野で、労働力の不足という事態をもたらし、何をするにも、また何をしたくても、必要な労働力が不足し、目的を果たせなくなってきていること。また、これまで、各地域を成り立たせてきた、住民によるさまざまな協働作業や伝統の行事を維持することも難しくなり、多くの地域が崩壊の危機にすらあること。④中央政府省庁の抱える政府債務残高と地方政府(都道府県庁とし町村役場)の抱える政府債務残高(借金)は、合わせるとおよそ1260兆円(2022年度末?)。これはGDP国内総生産)のおよそ2.6倍。ということは、この借金額は、国民の内、働ける体を持った人たちが2.6年間、働いて稼いだ金の全額を中央政府と地方政府に納めないと返済しきれないという金額。そんな途方もない借金を政府はしてしまっているのである。そしてこれは、③の少子高齢化現象の影響と相まって、教育機関や病院、福祉施設、研究機関等のあらゆる公的な機関や施設の活動の足かせになってしまっていること。⑤この国は、かつてのバブル経済の崩壊(1991年)以来、およそ30年以上も、経済の低迷状態が続いていて、それを脱し得ないでいること。その過程では、資本主義の生き残りをかけて、経済のグローバル化新自由主義化が急速度に進み、貧富の格差は拡大し、相対的貧困化だけではなく絶対的貧困化も進んで、ホームレスの人々や自殺者も急増し、社会は急速度に活力や回復力すらも失い始めてきていること。

 実は以上の不安項目に加えて、この国には、今のまま行ったなら、いま挙げてきた5つの不安項目を解決あるいは克服し得ることなど決してあり得ないであろうと思わせる要因が厳然とあると私は考えるのです。そしてそれこそがこの国の根本的で決定的な不安事項であると私は考えるのです。

その根本的で決定的な不安をもたらす要因とは、一言で言ってしまえば、この日本という国は、これまでもそうだったし、今もなお、国家にはなり得ていないということです。少なくとも、欧米の国々でいう本物の国家とはなり得てはいないということです。その意味は、具体的に言えば、この国には例えば次のような事実が今もなお厳然とあることです。

⑥この国の政治家という政治家は、それが主権者である国民から支持されたが故に政治家になれたのだから、議会でその公約を形にするというのが本来の政治家としての最大の使命のはずなのに、当選してしまえばそれをケロッと忘れたふりをしては、選挙当選時に国民から負託された立法権力を、「国民のシモベ」「公僕」でしかない役所の役人に委譲するという、民主主義と国民への裏切り行為をし続けていることが第一である。

つまりその時点で、政治家たちは、主権者から選ばれた主権者の代表なのだから、本来、公約を実現させながら、法律なり政策や予算という形にしたそれを、「全体の奉仕者」たる役人を常にコントロールして行政府という執行機関には執行させなくてはならないのに、その最も重要な役割をも捨ててしまっているのである。第二は、役人たちは政治家たちから権力と権限を白紙委譲されたことをいいことにして、さらには政治家からのコントロールやチェックがないことをいいことにして、「公僕」「国民のシモベ」という立場を無視し、自分たちと自分たちの所属する府省庁という組織の利益を最優先する政策・予算・法律を作り————これが各府省庁ごとにできるのは、行政組織が「縦割り」になっているからであり、また各府省庁の担当閣僚たちも、国民の代表でありながら、それをいつまでも放置したままでいるからである。そしてまた、これが可能であることで、担当閣僚は官僚の「天下り」を一向に止めさせられないでもいるのである————そこに自分たちのお金ではない国民の納めたお金(税金という公金)を使っていること。第三は、こうしたことの結果として、この国は、官僚に支配された国、官僚独裁の国のままなのである。なぜなら、日本の中央政府の中枢である内閣の閣議では、その前日に行われた全府省庁の官僚のトップである事務次官の会議にて、全員が合意した政策や予算や法律の案だけが上程されて諮られるからであり、しかもその案件は「閣議」とは名ばかりで、実態は15分か20分程度で終わる官僚提出案件の追認儀式でしかないからだ。つまり、総理大臣を含む全閣僚は、日本の執行機関の中枢を、もっといえば日本国そのものを、進んで「公僕」すなわち「国民のシモベ」たる役人たちに乗っ取らせてさえいる、ということなのである。

 以上のことからわかるように、議会の政治家は、最も肝心な役割である立法を役人任せにし、政府の政治家である閣僚は、本来国民のシモベ、つまり召使いである役人に完全に追従しているのである。

この事実が意味することは、この国は、戦後、憲法は一応民主憲法にはなったとはいうものの、実態は、今だに明治期の欽定憲法下さながらの官僚主導の国であり、各府省庁の官僚によるバラバラ行政の国であるということだ。例えば、同じ政治問題なのに、各府省庁の大臣によって国民に説明することが異なっているというのがそれを象徴している。もちろん民主主義の国にもなってはいない。そんな国が本物の国家であるはずはない。したがって、そんな国にもしも国民の存続にとって危機的状況に至った時、形の上での主権者でしかない国民の生命や自由や財産が最優先的に守られるはずはないのである。

 実際、例えば阪神淡路大震災東日本大震災といった大惨事に直面した人々のうち、今だに何千、何万という人々が救済されずに取り残されていること。日本のPKOでも、閣僚の自衛隊へのコントロール文民統制)がまともにできてはいないこと、等々がその明らかな根拠です。

 要するに、政治家という政治家は、全員、余りにも無責任で無能、無策、不勉強であり、自己に甘え切っているのである。その結果、この国の政治、すなわち民主主義議会政治が見せかけのままで、特に近年は、全く機能不全に陥ってしまっているのである。

 ところが、ここでさらに第四の要因がある。

それは、それでも役人が国のゆくべき方向を見定められて、運営する能力があるのならまだいいが、私の観る限り、彼ら役人たちは、もう遥か以前から、政治についてはもちろん行政についても、何をどうしたらいいのか判らなくなっているというだけではなく、今自分たちがやっていることそのものもどういうことを意味し、結果として何をもたらすのかということすら判断できなくなっていることである。つまり、全くの無能な存在に成り下がっているということである。

 この国はこうした状態にあるために、もしも、ひとたび多くの国民の安全保障や生死にかかわる重大事が外から、あるいは内から生じた際には、もうこの国の政府は、中央政府から地方政府まで、間違いなく統治できない状態に陥り、つまり秩序の全く保てない無政府状態に陥り、そのため、救助すべき人も救助できず、救われる者も救われなくなり、いたずらに死者や犠牲者を出してしまうことになるのは火を見るよりも明らかなのです。

 ではこうした不安はどうしたら克服できるか。どうしたら圧倒的多数の国民が安心して、永続的に暮らしてゆくことができるようになるか。

少なくとも、今日のこの国の政治(家)と行政(役人)の状態では、それを実現させることは絶対に不可能です。なぜならば両者ともに、既述してきた様を常態化し、しかもそれをもはや当たり前としてしまっているからです。となれば、もはや止むを得ません。現在の政治家という政治家は、有害無益であるだけなので、一旦は全員、退場してもらう必要があるのです。そして国民が、その時こそ正真正銘の主権者となって、本物の政治家を、新たに生み、育てるのです。現行の選挙制度を根本から変えて。
 社会のあらゆる職業あるいは職種や仕事の中で、国の全構成員が安全で幸福に暮らしてゆくための政策を法律の裏付けをもって決めることができ、その政策実行のために、国民の納めたお金を投入すること決めることができるのは、唯一、政治家だけなのです。

 

 本拙著では、こうしたことをどう克服しながら実現させて行くかということを含めて、この国を全面的かつ根本的に変える具体的な方法を提案しています。それはもはや「改革」あるいは「改良」「改善」ではありません。「変革」です。

 その際、重視したのは、何と言っても一国の基幹産業である農業の立場から、国の全体の仕組みを創り直すということでした。工業主体であったり、商業主体であったり、ましてや金融業や証券業が主体あるいはそれが優先されるというのは、どう考えても危ういし、国の構造のあり方として間違っているからです。

 実は私は、25年前までは都内の某大手ゼネコンの研究部門に勤務していたのですが、途中である思いが募り、それがきっかけでその会社を思い切って途中退職することを決意しました。退職後はどの方面に進もうかと迷った際、私を農業へ、それも農薬も化学肥料も全く用いない農業へと導いたのは次の4つのことでした。1つは、この国の既述の通り、食料自給率が異常なまでに低かったことでした。このままでは、この国は危うい、と感じたことでした。2つ目は、農業はどの国でも基幹産業であるはずなのに、そしてそれだけの大事にされねばならない産業であるはずなのに、なぜ日本では農業離れが進んでいるのかという疑問。その裏では、日本では農業では『喰ってはいけない』ということが一般通念になっていたのです。しかし、そもそも喰い物を作っているのに、なぜ喰ってはいけないのか。それは根本的な矛盾ではないか、と感じたこと。3つ目は、いま、この国も世界も「乱開発」によって自然が急速度に失われ、化学農薬によって生物多様性も大規模に失われていて、絶滅種が急増している。自分が進む方向は、少しでもそんな自然を回復させる方向だ、と感じたこと。4つ目は、その時、この国は、バブル経済が崩壊した後で、産業界も金融業かいも政府もどう立て直したら全く分からなくなり、国民も含めて、国中が自信喪失し、経済も急速に落ち込んでゆこうとしていました。私は、そんな時、この状態から日本国民が立ち直るには、その均質性・同質性ゆえに、かなりの年月がかかるだろうと見ていました。実際、専門家たちの誰も明確な総合的な立て直し策を示し得ないでいました。考えてみれば、それはもっともなことでした。専門家は、一部のことは誰よりも精通していて詳しいからこそ「専門家」と呼ばれているわけで、彼らが全体を見渡せるはずはないのですから。

 ならば自分で、この国の再建案を考え出してみよう、と思ったわけです。幸か不幸か、私には、それまでのいろいろな体験があり、それらが今こそ役に立つだろうと思いました。

 本拙著はこうして、農業のかたわら、25年の歳月をかけてできたものです。

そしてここでは、本書全体を貫く形で、二種類の原理を実現させることを理念としています。

 ここで、皆さんにはお願いがあります。

皆さんも、拙著を読まれるときには、これまで皆さんが抱いてきた常識や通念あるいは固定観念は一旦は全て捨てていただきたい。それらには縛られないで、“ここは自分だったらどうするだろうか、またどうすべきか”とご自身の問題として捉え、根本から、批判的かつ建設的に、そして常に論理的に考えて行っていただきたいのです。

 

 

 

 

 

 以下は、私自身の自己紹介です。

 

自己紹介(生駒哲夫の生い立ち)

  

                             f:id:itetsuo:20200727004329j:plain

 

1946年 長野県上田市(真田城下)に生まれる。

1969年 信州大学 理学部 物理学科卒業

1974年 京都大学 大学院工学研究科 航空工学専攻 修士課程修了

 同年4月 清水建設(株)に入社。 研究所 力学研究部に配属

1992年 同社の本社の環境技術開発部に異動

1998年 この国の行く末を案じ、定年まで8年を残し、同社を希望退職

 同年6月 ある目的を持って農業生活に転身するために、山梨県北杜市(旧 北巨摩郡高根町公営住宅に移住

その目的とは、農業に生きる中で、それを食わねば誰もが生きてはゆけない喰い物を生産する農業でありながら、日本ではその農業では食ってはいけないという根本的矛盾を克服する日本のこれからの農業のあるべき姿を模索し、さらには、そのあるべき農業を土台にして、温暖化と生物多様性の消滅という事態の克服策をも模索しながら、この国の近未来の姿形を総合的かつ具体的に描き出すことであった。

 同年7月 畑での農作業を開始。

2000年 上記目的と並行して、この国を地方の狭い範囲から変革してゆくことをめざして、自己完結循環型地域社会を構築することを構想し、「暁鐘の杜」と自らが命名した森の中で、自給自足の集落づくりを開始。

2002年 その「暁鐘の杜」の中に、この森で育った樹木だけを構造材として新居を建築し、転居。現在に至る。

 

  • 農業の方法:農法は、一滴の農薬も一握りの化学肥料も用いず、良質な有機質のみによる有機農法

温暖化が進み、化石資源が枯渇し始めた今、農業における石油化学資材を極力用いないでどれほどの農産物生産ができるかという問題をも自らに課して試しながら、野菜と米を栽培し、それをお客さまに買っていただいて生計を立てている。

  • 家族:子どもは二人(一人は大学院生、一人は看護師)。

妻とは、サラリーマン生活を辞め、山梨県に転居後、一年で離婚。
今、単身生活中。

以上

 

最後に 

 このブログのシリーズの内容は、24年前、専業で有機農業の道に家族ぐるみで進むことを決意して以来、畑や田んぼで農作業をしながら考え続けてきたものです。

そして本ブログのシリーズの目指すところは、既述のように、持続可能な社会、持続可能な国家、すなわち持続可能な未来はこうすれば築けるというその構築方法を具体的に「たたき台」として示すことです。そしてそれは、今を生きる私たちが、私たちの子々孫々に託すに値すると私たち自身が確信の持てる本物の国家だと私は考えます。

 そのたたき台については、拙い文章ですが、一部だけあるいは枝葉末節を見るのではなく、どうか幹を、骨格を、そして全体的整合性・論理的一貫性を見ていただきたいのです。