LIFE LOG(八ヶ岳南麓から風は吹く)

八ヶ岳南麓から風は吹く

大手ゼネコンの研究職を辞めてから23年、山梨県北杜市で農業を営む74歳の発信です/「本題:『持続可能な未来、こう築く』

5.1 私たち日本人一般に見られるこれまでの「ものの考え方」と「生き方」の特徴——————その2

5.1 私たち日本人一般に見られるこれまでの「ものの考え方」と「生き方」の特徴——————その2

 

以下は、「その1」(以下に記事へのリンク掲載)に続くものです。

 

itetsuo.hatenablog.com

 

1.について。

これはつまり、「みんな」がすることが必ずしもいつも正しいとは限らないとは考えずに、自分の判断に拠るのではなく、“バスに乗り遅れるな”、“時流に乗り遅れるな”とばかりに、その時々の周囲の状況や世の中(世間)の状況に合わせなくてはと考えてしまうものの考え方であり、それに基づく生き方だ。

ところが、そこで気遣う「世間」とは、せいぜい自分の知っている人たちであり、自分の所属する集団の範囲に限られるため、周りが自分とは利害関係のない人たちだけであったり、知らない人だらけであったりすると、そこでは、その場でのルールやマナーを無視し、傍若無人に振る舞うのである。

つまり、自分で主体的にものを考えたりしないし、判断したりもしないし、決断したりもしない。覚悟をもって行動したりもしないのだ。
もちろんその時の自分の姿を客観的に眺めようとはしない。

言い換えれば、一個の人間としての、自分なりの判断基準を持たない。「自分」というものがない。本当の自分に目を向けず、自分を偽ってしまう。
内から呼びかける自身に誠実になれない。つまり、アイデンティティを持てない。
だから、赤信号と判っていながら、それでもみんなが渡れば、自分も、怖くないと自分に言い聞かせて、渡ってしまう。

それだけに、「みんな」で互いに合わせる者たちは、人間としても次第に弱い存在となってしまう。多様性を受け入れられなくなってしまう。
人はみな違うんだということを認められなくなってしまう。というよりそんな時、アイデンティティを明確にし、自分を主張し、自分なりの生き方をし、自分なりの格好をする者に対しては、寛容性を持てず、どこかでねたみ、また許せなくなって、寄ってたかってその者を排除しようとする。それが「イジメ」なのであろう。

したがって、「みんな」あるいは「仲間」という意識を持つ集団の中ではまったく新しい発想というものは生まれない。もちろん改善や改革、改良という発想も生まれない。これまでやって来たことを、やって来たとおりにただやり続けるだけとなる。
そして、そうやって自分を偽っては群がっているうちに、そうした集団内での居心地に慣れてしまうと、自分で自分を偽っていることにも気付かなくなるだけではなく、そうした自分に苦痛や自己嫌悪をも感じなくなり、「正義」とか「自分が一個の人間であること」にも拘らなくなるし無頓着にもなる。

だからそこでは、客観的状況が変わっても、誰も「この辺で少し立ち止まって、これまでやって来たことを今後も続けるべきかみんなで考え直すべきではないか」と言い出す者もいない。
むしろそんなことを言おうものなら、その者に対して、集団内のみんなで非難し、責め立ててしまう。つまりそこでは変化は起こらないし、変化を嫌うのである。

だから、その集団が始めたことは、一旦始まると、終わりのない形で延々と続き、破局に至ってようやく終る。
あるいはその集団の中の誰でもなく、その集団の外の力ある者の鶴の一声によって変化しうるだけだ。

したがってそのようにして終った集団は、主体的に変わったわけではないから、その後、それまでの経過から主体的ないしは自発的に教訓を引き出すことはないし、ましてやそれを生かそうとすることもない。総括することも検証することもない。

だから、何を、幾度どのような経験あるいは体験をしても、そしてその時不幸にして失敗したとしても、その失敗を生かせない。
だから、知的レベルも、精神的レベルも、同じレベルに留まるだけとなる。それは、人材の無駄遣い、時間の無駄遣い、金の無駄遣いでしかない。しかしそのことについてさえ、気づかない。

こうして日本人は、とにかく、時と状況によってそこでの自身の態度を極端に変える。裏表のある卑怯で狡猾で臆病で身勝手な人間へと変貌もする。そしてそのことに、一人ひとり、誰も、自身では、いつまでも気付かないままなのである。

 

こうしたものの考え方やそれに基づく生き方が危機を呼び込むことになるだろうと私には思われるのは、こうした行動をとることで、一人ひとりは心理的にその「みんな」という名の集団の一員でいられることに、あるいはそのみんなにつながっていられると考えるだけで「安心」してしまい、それ以上考えることを止めてしまうことだ。

そんな集団では、困難な現実や苦しい状況を前にしても、あるいは克服しなくてはならない課題に直面した際も、むしろ「難しいことを考えたり言ったりするのはやめようよ」とばかり、一人ひとりはそのことに真正面から向き合おうとはせずに、みんなで寄り集まって「仲間」となり、その「仲間」集団の中に自分を逃避させてしまい、みんなで問題の核心あるいは本質から目を背けてしまう。

こうして、一人ひとりは、目の前に迫り来る問題や客観的状況の変化に気づくことはなくなり、あるいはそれに無関心となる。だから気づいた時には、ほとんど手遅れとなってしまう。

またこうしたものの考え方や生き方をしていると、主体的に自分で考えるわけではないから、あるいは自分自身の問題でもあるとは考えずにどこか他人事でしかないから、起こった出来事も、時が経つとすぐに忘れる。
いわば集団的健忘症に陥る。

ところがである。
その一方、自分に向けられた相手のちょっとした態度の変化に対しては、その原因や理由あるいは真意を確かめようともせずに、その相手に対して誤解したり被害妄想に陥ったりしてしまいやすい。

 

つまりここで言うものの考え方や生き方をする以上は、一人ひとりは「個」としての「自分」を持たない。自分の考えを、自分の価値観を、自分の生き方を持たない。信念も持たない。人間としての真の誇りも持たない。
当然そこでは、“一人ひとりは、考え方も生き方もみな違う、むしろ違って当たり前なんだ”とは考えつかない。

またそういう人には独立の気概がない。だから人を頼ろうとする。人を頼ろうとするから人を恐れる。人を恐れるから、人にへつらう福沢諭吉「学問のすゝめ」)。そうしては自分に自己規制をかけて、自分をかえって窮屈にさせ、場合によっては自分で自分を精神的にも窮地に陥らせてしまう。

一方、周囲も、そんな当人の心の葛藤に気付こうともしないければ寄り添おうともしない。

それでいて、とにかく、周囲は、「和」を、「協調」を、「秩序」を重んじるだけで、いつでも、どこでも、目的も正義も曖昧にしたまま、「みんなで頑張ろう」と威勢のいい声だけは張り上げる。

 

以上で述べるべきところは述べたと思うが、ここで取り上げる「ものの考え方」と「生き方」は今後の日本にとって特に重大なことと思われるので、ここでさらに補足的に、こうしたものの考え方や生き方から生じてくるのであろうと私には思われる例を挙げておこうと思う。

「みんな」が関心を持っていることには自分も関心を持とうとはするが、「みんな」が関心を示さないことには自分も関心を示さない。

目の前に起っている出来事について問題にするにも、自分から進んでそれを問題と感じて考えるというのではなく、人が話題にしているから話題にするという程度であることが多い。

その反面、誰も反対はしないだろうと自分で思えることやこれまでずっと継続されて来て判り切ったことには妙に自信ありげに声を大にして呼びかける。

同じことだが、意見が分かれると判っている問題には自分から触れようとはしない。他のみんなも自分と同じことを言うだろう、同じ考えだろうと確信できない限りその問題には自分から触れようともしない。

たとえ自分では“何かおかしい、何か矛盾している、何か理不尽だ”と感じることがあっても、「みんな」の前ではそれを口に出そうとはしない。
それが善いことか悪いことか、あるいは正しいことか間違っていることか、あるいはそのものが価値あることかどうかについて、自分で判断しようとはしないし、少なくとも「みんな」の前では、そのことを口にしようとはしない。自己規制してしまうのである。

つまり、人と話をするときにも、人前でものを語るときにも、相手の評価を恐れるために本音を語らずに、いつも「建前」で話しては互いに「和気あいあい」で済ませてしまう。だから、いつまでたっても互いに深くは理解し合えないし深い信頼関係も築けない。

「このままではこの国は危ない」、「地球の自然環境が危ない」、「温暖化・気候変動に因って人類の将来は危ない」と、対処しなくてはならない問題、現状を変革しなくてはならない問題が誰の目にもはっきり見えて来ても、自分からその問題の解決のために立ち上がろうとはせずに、いつも周りの模様ばかりを見ていて、「誰かが何とかしてくれるだろう」、「そのうち何とかなるだろう」「科学技術が解決してくれるだろう」と行った態度で傍観者であり続ける。

 「みんな」の前では、“自分は頑張ります”とか、“自分は安全運転をしています”、“自分は・・・・しています”などと、ことさら自分のしていることをアピールし、知ってもらおうとし、認めてもらおうとする。またそのために、本当の自分を偽って、犠牲的精神を見せようとさえする。
「みんな」に「良く思われたい」、「嫌われたくはない」という心情からである。

一方、こうした態度の裏返しであるが、他者から批判されることは極度に嫌うし、また批判されると、相手がなぜ、どういう気持ちでそれを言ったかその真意を確かめようとはせずに、あるいは相手の言うことに真摯に耳を傾けようとはせずに、ただ、悪口を言われた、あるいはバッシングを受けた、として被害者意識だけを膨らませて行く。

そのモノやコトの出所、あるいはその信憑性や信頼性は不問にしたまま、とにかく「みんな」がやっていれば、それに対して無批判に自分も同じ行動をとってしまう。他者に判断を任せれしまう。

他者から、あるいは周囲から、“そういうものだ”、“決まっていることであるから”と言われれば、それだけで、それが一体誰がそういう判断や評価を下したのか決定したのかには拘らないし、何を意味しているか、どれほどの価値があることか、あるいはそれがどれほど本当に必要なことかどうかということについても自分で判断もせずに、ほとんど無条件的かつ無批判的に「みんなに」追随あるいは追従しようとする。

政治制度、経済制度、福祉制度、教育制度、税制度、環境制度等を外から導入するに際しても同様で、それがその国で新たに導入されて一定程度成果を上げているとなると、それがその国のどのような歴史的かつ文化的経緯の中から生まれて来たのかという背景や動機をきちんと理解しようとすることなく、したがってそれが日本の文化に馴染み、調和しうるものかどうかの検討もせずに、しかもその制度の本質を捉えた適切な日本語に翻訳して導入しようともせずに、カタカナ文字で表現したまま取り込んでしまう。

こうした行動特性は、とくにこの国の多くの「専門家」と呼ばれている人たちによく見られる。その人たちはそうした他者の文化を、自分がいち早く知ったかのように自慢げに披露してみせる。

周囲につねに合わせようとするから、あるいは周囲とは違ったことをすることを極度に忌避するから、結局、自分を見つめない、「自分とは何者か」を深く掘り下げない。

そのため、自分で自分を一個の人間として理解できないから、他者をも他者として、自分とは違う一個の人間として理解しようとはしない。だから、そもそも「人間とは何か」に拘らないし、それについて深く考えもしない。

これまで長いこと悲惨な結果をもたらして来たイジメも、最近とくに問題視されるようになって来た「引きこもり」も、またそれに因る自殺や殺人という痛ましい事件も、私は結局のところ、日本人のここに述べた、自分たちの言動と異なる言動をした人間を排除しようとする、あるいは自分たちと少し変わった個性や特徴を持つ人を受け入れようとしない、あるいは共感を示そうとはしない、日本人の寛容さの欠如、ないしは人間の基本的権利ということに対する無知と無理解の結果であろうと思う。もっと言えば、これまで、明治期以来の日本の政府文部省と文科省が一貫してとって来た、一人ひとりの個性を積極的に認めようとはせず、したがってそれを伸ばそうとはせず、「みんなが一緒」、「みんなが同じであること」、「和や秩序を乱さないこと」を暗に強要する学校教育行政の結果であると、私は断定する。

 

2.について。

これを考えるとき、もっとも適切な一実際例は、日本がアジア・太平洋戦争を起こした際に日本の軍部と政府が見せた姿であろう。

敵国とする国に戦争を挑むときの原則は、古代中国の戦略家「孫子」の兵学を引き合いに出すまでもなく、常識的に考えただけでも判ることなのであるが、最低でも、「敵を知り、己を知る」こと、必要な情報を収集し、それを分析すること、その後に冷静に判断することであろう。

ところが、当時の日本の軍部や政府はそれすらしなかったのだ。日清日露戦争で勝利したことも影響していたのであろう、思い上がりと曖昧な意思決定の下、そして勝手な思い込みの下、全体計画も、戦略もなく、もちろん大義もなく、戦争を起こす最終目的も定めることなく、したがって、どうなったら最終目的を達したとするかそれもなく、またそれを達成できないと判った時どうするかも事前に定めることなく始めてしまったことだ。

もう一つの好例は、多くの日本人と日本政府の日米安保条約を含む日米関係の捉え方であろう。

米ソの冷戦もとうに終り、今や世界秩序のあり方は激変し多極化もしている。そんな中で中国の台頭は急激でありかつまた目覚ましいものがある。
それだけに今や、アメリカの経済力・政治力・軍事力も相対的に低下し、威信も著しく低下している。それどころか、世界の平和と安定にとって最大の脅威となっているのはアメリカだという見方すら世界に行きわたっている。

にも拘らず、そうした情勢変化を冷静に見やることもせず、そして国民としても政府としても最も基本的な姿勢としての“自分たちの国は自分たちの手で守る”という気概を持とうともせず、相変わらず、「世界の唯一の超大国アメリカ」、「日本が頼るべき国はアメリカ」との固定観念を抜けきれないでいることだ。
抜けきれないでいるどころか政府の安倍晋三などはアメリカにますます追従するようになっていることである。

また、2.について考えるとき、もっとも適切と思われるもう一つ事例は、「イジメ」問題に対処するときのこの国の政府の姿である。

政府(文科省)は平成25年になってようやく「いじめ防止対策推進法」を成立させたが、その対策法の骨子は、各学校に対して“イジメの兆候を見逃すな”であった。

その姿勢は、予防ではなく、起った結果に対する「対策」であり、対症療法でしかない。

つまり、ここには、政府の、もっと言えば閣僚と官僚たちの、なぜイジメが生じるのか、イジメを生じさせる動機や原因は何なのか、それは人間のどのような心理の動きから生じるのか、そしてその心理はどのような状況や環境の中で生じるのか、日本国民の生き方の中にイジメを生じさせてしまう要素はないか、等々といったことを問う姿勢はまるでないことだ。

と言うより、民主憲法を与えられたはずの戦後の歴代の総理大臣を含めて閣僚も官僚も、単なる人のではなく、人間とは何かとの根元まで遡って考えようとしないから、一個の人間としての権利=人権ということについても人間としての尊厳ということについても理解しようとしなければ、そもそも権利とは何かということについてさえも真剣に問う姿勢がまるでないことだ。
またそんなことだから、政府の一翼を担う文部省も文科省も学校教育でそれを子供たちや若者たちにきちんと教えようとはしない。

そんな対症療法的な対応だけだから、この国のイジメの問題は根本から解消されることはいつまで経っても期待できないのである。いえ、イジメ問題だけではない。社会的少数者や性的少数者に対する偏見や冷淡な態度も克服されることもないだろう。

このようなことでは、この国は、いつまで経っても、先進国の中ではもちろんのこと————と言うよりは、この国は、総合的な意味で先進国でもなんでもないのだ————、世界中でも、人権に対する意識レベルは最後進国のままとならざるを得ない。結局、「日本人が重視するのは経済とカネだけだ」とみなされて、この国は、いつまで経っても、世界からまともな国とみなされるようになることもなければ、信頼される国になることもない。そしてそれも、世界的孤立を深める一因ともなってしまうのだ。

2.について考えるとき、もう一つの代表事例は、自分が今どんな時代のどんな世界にいるのか知ろうともしないことであろう。

つまり、自分が今ここにこうして「いること」や「あること」を何の疑問も持たずに当たり前としてしまうから、「自分は何者か」、「どうして今の自分になったのか」、「自分は人間としてどうあるべきか」とも問わない。それどころか、そのことに無頓着でさえある。

さらに言えば、「なぜわれわれは今していることをするのか、なぜわれわれは自分たちの生活や仕事の方向を決めている他人に従わなければならないのか」(K.V.ウオルフレン「システム」p.149)、といった、自分と法や統治、あるいは権力とのかかわりの観点からも深いかかわりのあることについても問おうとはしない。

だから、「国家はなぜ憲法や法律を設けるのか」、「憲法や法律とはそもそも誰が誰のために、何のために設けるものなのか」、と問おうともしないし、その「憲法も法律も、それは人間がつくったものなのだから、それが不都合であれば、あるいは状況が変わったなら自分たちで変更すればいいし、また変更できるものなのではないか」とも問わない。

むしろ、「(誰がつくったのか知らないが)憲法だから、法律だから、守らねばならない、みんなが守っているのだから自分も守らねばならない」と、その憲法や法律の意味も目的も理解せず、無条件・無批判に受け入れてしまう。
ほとんどいつも、判断を誰かに任せてしまう。状況に任せてしまう。

そうしておいて、「人生の終い方」とか「終活」といった言葉が流行ると、またしても自分の来し方を問わないまま、みんなに倣って人生の締めくくり方だけを考えようとする。

このように、世の中の流行だとかトレンドといったものに容易に流されてしまのである。

事に着手しても、状況の変化により、あるいは人々の気分の変化により、いつの間にか目的をそれてしまってもそれに気付かずに、あるいは気付いても、それを軌道修正したり一旦立ち止まって考え直そうとしたりすることもせず、ただ継続することだけに意義を見出そうとしてしまいやすくなるというのもこうしたものの考え方や生き方がさせるのであろう。

客観的状況が変化すると、自分の頭で考えようとも判断しようともせずに、人真似ばかりで、自分の生き方を自分で選び出そうとしないまますぐにそれに便乗してしまい、昨日まで主張してきたことをコロッと変えても、それを無節操とも変節漢とも何とも思わない。何とも思わないだけではない、それまで自分(たち)が主張して来たこと信じて来たことは一体何だったのか、どんな意味を持っていたのか、そしてそれは正しかったのか間違っていたのかといった「自問」もほとんどしない。
これからはどう行動すればいいのかという「検討」はさらにしない。

物事や事態に対処するにも、時間の流れの中であるいは因果関係の中で、体系的あるいは総体的に捉えようともしないで「目先」だけ、それも「損か得か」という観点だけで対処しようとしたり、「とりあえず」、「当面」、「一時しのぎ」といったその時の気分や感情で対処しようとしたりするのもそれ。そうかと思うと、自分(たち)の「面子(メンツ)」・「体面」・「面目」あるいは「世間体」にだけは囚われてしまいやすいというのも、それ。

あるいは物事や事態を科学的客観的にではなく精神論で捉え、“緊張感を持って”、“スピード感を持って”、“とにかく頑張ろう!”、といった調子で事に臨もうとするのもそれであろう。

あるいは日本の役所(政府)では、たとえば第△次○○市総合計画、第□次○○市障害者計画といった類いの「計画」を次々と作っては、立派なパンフレットを住民に配布してみせるが、そしてそれは多分総務省にそう指示されたからそうするのであろうが、ではその計画は、計画年限が経過したとき、住民に対して、計画どおり行えたのか、どのような成果が上がったのか、計画どおり出来なかったとすればそれは何により、なぜそうなったのか、次期計画ではそれをどのように克服しようとしているのかということについては、計画書と同様にきちんとした形で知らされることは、どこの役所でも、かつて一度もなかった、というのもここでの生き方の特徴に含まれる。

またこれはとくに官僚や役人、また学者や専門家、またメディアに関わる人々の多くに見られる態度だが、「情報は重要だ」としながらも、正確な情報を集めるとか、全貌を知るということには拘らずに、自分(たち)にとって不都合な事実や真実はむしろ認めようとはしなかったり無視しようとしたり、そのようなことは無かったことにしたりして、むしろ真実を積極的に隠そうとさえする、というのも同様だ。

あるいは、批判されても、それに対して堂々と反論して自分の立場や考え方を明確に説明しようとはず、むしろ、反論しないことでその批判が何の意味も持たないことであるかのように黙殺しようとさえし、そしてその裏で、自分たちの都合や思いを押し通そうとするという態度もそれだ。
そうしては、ありもしないことや状況をあたかもあるかのように思い込んでしまったり、そうはなっていないことや状況をそうなっているかのように思い込んで行動してしまいがちになったりする、というのもこれから生じる態度であろう。

いわゆる「言論の自由」、「表現の自由」に対する姿勢についても同様である。

“この社会は自由な社会だ”と言いつつも、というよりもむしろそう言っている人に限って、必要なとき、必要な場所で、言うべき必要な内容のことを、自分の信じるがままに発言しようとはせず、自己規制をしてしまう。

とにかく過去の失敗から真摯に教訓を引き出すこともしなければ、ましてやその失敗を将来に生かさねばとも考えないから、自分たちのしていることやしてきたことそのものを正確な記録として残すこともなかなかしない。だから、同じ失敗を何度でも繰り返してしまう

また、私たちの生活に深く関わりのある出来事を、いつも一時の話題ないしは大騒ぎで終らせてしまい、そこからは何も学ばないまま、いつの間にか何もなかったかのようにしてしまう、というのもそれ。

あるいは、世の中の新しい傾向に一見耳障りのいい言葉やカタカナ文字を当てはめては、あるいは、これまでとはちょっと変わった生き方をする人に奇妙な言葉を冠しては、その物事やその人の生き方の本質的な意味を曖昧なままにしたまま、みんなで真似して流行らせるというのもここで言う生き方のうちに入るし、また外来語についても、彼の国の歴史や文化を考慮した適訳をせずに、カタカナ文字のままその意味を判ったような風情でみんなで用いる、というのもここで言う生き方のうちに入る。

ある集団や組織の中に不祥事が生じた場合、それの原因を調査するのに、その集団や組織とは利害関係のない第三者機関を立ち上げて公正を期すということをせず、不祥事を起こしたと同じ集団や組織の内部に調査チームを立ち上げる、ということをするのもそれ。あるいはたとえ第三者機関を立ち上げても、その機関を構成する人は誰か、また誰がその人たちをどういう根拠に基づいて選任したのかについてはメディアも誰も一切問わない、というのもそれ。

それを喰わねば生きてゆくことさえ出来ない食い物の半分以上(60%近く以上)を他国に依存しっぱなしでいることに少しの疑問も危機感も抱く気配はない、というのもそれ。

それなくしては日々の食事の煮炊きもできなければ寒い冬に暖をとることも出来ない燃料資源を、また、それがなければ食事のための買い物にさえ行けない自動車の燃料資源の100%近くを、他国に依存しっぱなしでいることに少しの疑問も危機感も抱く気配はない、というのもそれ。

日頃、「食の安全」とか「健康」に人一倍拘りを見せる人でも、巨大地震が起こったなら、想像を絶する事態が生じてしまうであろうことをうすうす予感しながらも、自分だけはそれから逃れられると考えるのか、日本の人口の実に30%、3650万人もの人が今もなお首都圏に相変わらず集まり住み続けようとしている姿もそれである。

自分が日々その上で暮らしているこの祖国の大地の安全を自分たちの手で守ろうとはせず、外国の、それも軍事超大国の軍隊に守ってもらい続けていることに少しの疑問も自己嫌悪感も情けなさも感じている気配も見せずに「安穏」と暮らしているその姿もそれ。

自国の同朋である沖縄の人々がその軍隊の駐留のために敗戦直後から現在に至るまで、どれほど人権を侵害され、幾度危険な状況に立たされてきたかということにもほとんど呵責の念も抱く気配なく、無関心のままでいるという態度もそれ。

自分たちの今日の暮らしや明日以降の暮らしのあり方に、否それだけではなく、自分の人生や社会や自然環境のあり方を決定してしまう「政治」に対して、ほとんど無関心でいることにほとんど疑問も自責の念も抱く気配はないし、いつか誰かが何とかしてくれるだろうという姿勢でいることに後ろめたさを感じる気配もない、というのもそれであろう。

自分たちが自分たちの利益や便益を実現するためにつくった借金を、自分たちの責任で極力返してしまおうとはせずに、むしろその負の遺産を作ったことには何ら責任のない未来世代に押し付けようとして平然としている態度もそれであろう。

一人ひとり、限りある自分の人生の時間の中で、稼いで貯めたお金の有意義な使途も考えずに、ひたすらお金を稼ぐこと、貯めること、それも、より多く稼ぐことや貯めることに拘っては、人間としてより大切なものを犠牲にしてしまっているという姿もそれ。

自分が汗水流して働いて得た金を銀行を含む金融機関に預けても、日銀の「ゼロ金利政策」のせいで、本来は受け取れる権利のある利子のほとんどを公然と盗み取られてしまっていることに対して、それはオカシイとして疑問も怒りも抱く気配もなければ、自分たちの利子分を返せと政府に要求することもしない、という姿もそれ。

普段、カネや損得にこだわる割には、受け取れる権利があるのに受け取れなかったその利子が、政府によって経営が危ないとされる特定の企業の救済資金に回されてしまうことにも、またその結果、公的資金援助を受けたその企業が経営危機から立ち直るどころか空前の利益を上げることができるようになった場合も、そうした手を打った政府に対してそんなことは許されないと抗議することもなければ、企業に対しても、自分たちの利子分を自分たちに返せとも要求しない、という態度も、結局はそれであろう。

それだけではない。預けた金の大部分が、あるいは老後のためということで払い込んできた年金保険料の多くが、結局はこの国の政府の対米隷属外交のゆえに各種金融機関を通じてアメリカに流れて行ってしまい、アメリカの金融事情の救済と、アメリカが世界中に軍事基地を置くための軍事費の膨張による財政赤字の穴埋めをするために使われてしまっているということに、そしてアメリカ国民の消費活動を支えるために使われてしまっているということに少しの疑問も怒りも抱く気配はない、というのもそれであろう。

さらには、ここで言及している生き方については、歴史や文化に対してもそのまま当てはまる。

先人たちが遺してくれた文化のお陰で私たちは「日本人」となれたのに、その事実には目を向けようとはしないで、むしろ「今」だけ、それも、移ろいやすいもの、変わりやすいものにばかり関心を持ったり、先人たちが知恵の限りを尽くして残してくれた建造物や街並みや伝統の職人技等々の価値を見ないで、海外のものにばかり目を向け、あこがれを抱くというのも、それであろう。
だから、目先の経済的理由のみで歴史的に価値あるものを瞬く間に消滅させては全く新たなものに置き換えてしまっても何とも思わない、というのもその生き方に入るであろう。だから歴史から学んで未来に生かすということもしない。自分たちが教えられて来た歴史が正しいかどうかにも拘らない。

そうした態度の最たるものの1つが、既述の「明治維新」時、明治政府が、それまで少なくとも聖徳太子の時代以来続いて来て、日本人の生き方の骨肉にもなっていた仏教文化を、文字どおり一夜にして否定した態度、いわゆる「廃仏毀釈」という政策をとった態度であろう。

また、幕末には「尊王攘夷」を唱えつつ、明治になるや、一夜にして「文明開化」を唱え出したのもそれ。

 

以上挙げてきた実例の中でも、きわめつけは多分次のものではないだろうか。

何のために人は、自分は、生きるのか、人生の目的は何か、人生の意義は何か、どうして自分は今ここにこうしてい(られ)るのか、とは真剣に考えようとはしないことである。

また、自分はいったい何者なのか、どこから来て、今どこにいるのかという、自身の起源(ルーツ)や今の立脚点について真剣に考えようとはしないことである。
さらには、そもそも社会や国そして国家とは何か、そもそも日本とは日本人とは何なのか、どのようにして日本はできたのか、いつから日本なのか、自分はいつから日本人となったのか、日本人は日本の社会をどのようにつくって来たのか、そして国家の目的とは何か、その中で自分たち一人ひとりの役割や使命あるいは責任は何なのか、等々について真剣に考えようとはしないことである。

未来に対しても同様である。

これから起きることに対する責任はこれからを生きる人たちにあるが、今日の状況をもたらした責任はこれまでを生きて来た私たちにある。
このことを踏まえるならば、これから先この国はどうなるかを考えたとき、目の前の状況を変えて未来に引き渡すために、これまで生きて来た私たちの果たすべき責任は何か、今何をすればいいか、等について真剣に考えようとはしないことである。

実はこうしたものの考え方と生き方は、次の態度と裏腹の関係をなすものだと私は考える。自分(たち)が関わっている物事−−−戦争でも事業でも———が思いのほか好調に推移するとすぐに有頂天になり、増長し、傲慢になる。しかし反対にうまく行かなくなったり失敗したりしたときには、なぜそうなったのか根本的な原因をつき詰めたり検証したりすることはしないし、総括もせず、失敗から教訓を引き出そうともしないから———たとえ引き出しても、形だけで済ませてしまうから———「みんな」で意気消沈してしまうのである。

 

3.について。

この国でとくに際立つのは、自分の関わった事柄で、自分に不都合な何らかの問題が生じた時、“そうやれといわれたからやったまでだ”、“みんながそうしていたから自分もしたまでだ”、“そうしているのは何もワタシだけじゃない、みんながしていたことだ”として、ひたすら“オレの責任じゃない”、“オレには関係ない”として、逃れようとする態度だ。

いよいよ追いつめられて責任をとらねばならなくなったときでも、その場で取る態度はあくまでも周囲の批判・非難を鎮めるためだけのその場しのぎの、しかも形だけ、口先だけ。例えば「再発防止に努めます」がそれだ。
そしてそのとき発するのは、「国民の皆様や関係者の皆様に心からお詫びします」という誠意を込めた謝罪の仕方ではなく、ひたすら前例者に倣ったもので、それも、謝罪の意味などなく、自分の思いどおりにいかず心残りであることを意味する言葉でしかない「遺憾」
広辞苑第六版)を乱発し、かと思えば、まるで他人事であるかのような「あってはならないこと」を並べ、締めくくりは「再発防止に努めます」で済ませてしまう。そしてその時の謝罪会見もまるで儀式あるいはパフォーマンスだ。

最高責任者がただ一人誠意ある謝り方をすればいいのに、それをせず、集団で登場し、十数秒間、深々と雁首を垂れてみせる。

公的な業務を行う分野においても責任逃れは日常的だ。

公務や公的事業は担当者のポケットマネーで行われるのではなく、国民一般が納めた税金によって実行可能なものである以上、行動の全ては、正確な記録として残さなくてはならないはずなのに、それを公式記録として残そうとはしない態度だ。
言い換えれば、後世の人の教訓になればいいとして、事実や真実を記憶ではなく記録として残そうとはしないことだ。

それも、動機は多分、後々、自分たちがとったやり方や為したことが追求されるような事態が生じても、それの証拠になるようなものは残すまい、ということからなのだろう。

実はそれと同じ態度が、自分が為したこと関わったことで、本来その全責任は自分が負うべきなのに、その責任を逃れるために、その為したことや関わったことの意味や善悪・適否を自ら判断することを避け、「後世の歴史家の判断に委ねる」として逃げる逃げる態度だ———安倍晋三がその典型だ———。

この両者の態度はともに共通に、事実あるいは真実と歴史から逃げることだ。あるいは事実や真実をうやむやにしてしまおうとすることだ。

そしてそれと同じ態度が、起こったことやあったことに対しても、それを「なかったこと」にしてしまう態度だ。

その歴史的に最大で端的な実例が、韓国・朝鮮・中国そして日本周辺のアジアの諸国を「侵略」した事実から逃げて、「侵略はなかった」「侵略ではなかった」とする日本の保守勢力であり、その勢力に支えられた歴代の保守政権の態度だ。
また、それらの国々を侵略しては幾多の残虐行為を働いておきながら、その忌まわしい記憶を最小化しようとしてきたのが日本政府文部省と文科省教科書検定という憲法違反(第21条)の検閲行為だ。

また、事実を歪め、正義の所在を曖昧にさせ、為したことをうやむやにし、つまり正しい歴史として国民に教えずに、むしろ全面肯定させてしまおうとする態度が例えば「勝てば官軍だ」、「無理を通せば道理を引っ込めさせられる」であろう。

この国では、知識人もジャーナリズムも、その辺はしつこく追求することはまずしない。

少なくとも、出来事の本質的原因が明らかにされるまで執拗に追及し続けるということは全くない。

むしろ日本の社会では、集団や組織に問題が生じたとき、最終的には、詰め腹を切らされるのはほとんど決まって末端で命令に忠実に従って動いた者、あるいは現場の者となる。ところがそれを指図し、指揮し、命令した者はほとんどこれといった咎めも負うことなく事態の幕引きがされてしまう。

こうして、日本の社会では、最も責任の重い者、最も責任を負うべき者がそれから逃れることがで来てしまい、あるいは責任を追及されないままとなる。

そしてそこでは、失敗から教訓が引き出されないまま、集団主義が蔓延する中で、すべてが「馴れ合い」の下に、形だけで進められてしまう。

そのために、この国の社会では、一人の人間の努力・善意・誠意・行為が正当に評価されるということは滅多にない。たまたま何かの折に脚光を浴びた時だけだ。

同じく一人の人間の苦しみや葛藤が共感を持って取り上げられることも少ない。

むしろ本当に悪い奴ほど狡猾に逃れることができてしまう社会でありシステムとなっている。そしてそのことは、一般国民にやり切れなさを蔓延させてしまうことになり、人々に法やルールを守ることや正直になることを、無意味でばかばかしいことだと思わせてしまう最大原因となっている。

こうして、この国では、社会としても、また集団としても、進歩も前進もしていかないどころか同じ失敗が繰り返され、いつまでも同じレベルのままである。それがゆえに、人々はますますモラルも生きる意欲も失わせて行っているのだ。

ところが、それでいて、そうした状況に対して個々人は、陰では不平や不満を言うが、自分では相変わらず現状変革のために立ち上がろうとはせず、また権力ある者に正面から異議を申した立てることもせず、いつも「周りの様子」をうかがい、「誰かが何とかしてくれるだろう」と期待し、「あなた任せ」の態度を通そうとしている。

つまりこの日本の社会では、それぞれ自分の関わったことに、あるいは自分も関係することに、「自分自身」と「地域共同体」「社会共同体」「国家共同体」に対して「みんな」で「責任」を自覚しないし、責任を持とうとはしない。

我々は全員、過去からの帰結に関わっており、過去に対する責任を負わされている、過去を引き受けなくてはならない」(リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカードイツ連邦共和国(西ドイツ)大統領)とは考えない。

 

以上の3つが、世界の人々と際立って異質あるいは特異と私には思われる「ものの考え方」と「生き方」の主な特徴である。

だが、それら3つをよく見ると、根底ではそれらは互いに密接に関連し合っていることが判る。

たとえば第1の特徴であるみんなと一緒でないと、同じでないと安心できないというのは、自分が「個」あるいは「個人」として自立し得ていないからであろうし、それと同時に、第2の特徴である、自分の中に確信の持てる不動のもの———例えば自然界の原理や社会の原則への深い理解、あるいは神仏への揺るぎない信仰———を持っていないからなのであろう、となる。
その結果、無理してでも「みんな」とつながることで「安心」を得ようとするのであろう、と言えそうだからである。

ところが集団の中に入っても、そこでは「和」や「協調性」、それも真の意味でのものではなく見せかけだけでも、との周囲からの圧力による結果————これをどうやら「同調圧力」と言うらしい————、「対立」を忌避するために「本音」で語ることを避けて「建前」だけでしゃべり、あるいは対立があってもその対立を覆い隠してしまい、対立などなかったことにしてしまおうとするから、本来、対立を対立として捉えて、双方がそれに向き合いながら克服する努力をすることを通じて生まれる相互理解、相互信頼も生まれてこない。

だから、その集団は、ちょっとした利害でバラバラになってしまう可能性を孕む。

また、物事の本質や真の目的を考えないで、また「個人」としての自覚もないままみんなで群れることで安心してしまい、その中での表面的な「和」を保つことしか考えないから、自分たち一人ひとりがその集団の構成員なのだという自覚も乏しくなり、集団の中で何をするにも自分で判断せずにあなた任せとなり、そうなれば結局のところ、第3の特徴である、責任感覚も希薄になってしまうであろうからである。
そこでは、自分がその集団内で何かに失敗しても、あるいは不祥事を起こしても、開き直るだけで、「それは他の誰でもない、自分の責任である」という自覚を持とうとはしなくなるのも当然であろう。

とにかくその集団は、互いに責任を回避しながらみんなで利益だけは享受したい一人ひとりの集団だから、自分(たち)に不都合な真実は(みんなで)隠すのである。

 

ところで、この国では、「日本国の失敗の本質」などというテーマと関連づけてリーダーシップということが識者や専門家の間で議論されることがしばしばある。関係書籍も「リーダー(指導者)論」として、次々と出版されてくる。

リーダーシップとはそもそも「指導者としての地位または任務あるいは指導権のことであり、指導者としての資質・能力・力量のこと、つまり統率力のこと」であるが広辞苑第六版)、そこで問題とされるリーダーシップとは、具体的には、先見性、統率力、戦略を立てる能力、情報収集能力、情勢判断力、決断力、説得力、責任感というものに関するものだ。

しかし、そうした議論を目にするたびに私は思う。

そのような資質や能力や力量としての統率力がたとえ求められたとしても、現実にそうした統率力のすべてを満たしうる人物など、とりわけこの国に、明治期以来、果たして一人としていただろうか、と。
否、それ以前に、そうした人物を育てようとする社会環境や教育環境など、この国に、今日まで一時期なりともあったことがあるだろうか、と。

指導者を育てるとまではいかなくとも、例えば、確かな判断力を育てる教育、一人になっても孤独の中で物事を事実に基づいて理性的に判断し決断できる能力を養う教育などされて来たことがあったろうか。
溢れるような情報を手にする中で、それらを総合し、その中で優先順位を考え、打つべき手を見出せる能力を養う教育など、なされて来たことがあったろうか。自分の考えること、思うこと、信じることを誰はばかることなく言え、またそれを互いに本音で受け取り合って議論し合え、互いの思考や思想を高め合いまた深め合う教育など、一時たりともなされて来たことがあったろうか。

実際、一度もなかった。いつでも「みんな」一緒で、同質であることがいいこととされ、個性を押さえつけられてきた。
むしろ強烈な個性の持ち主は「はみ出し者」と見なされ、異端児扱いされて来た。質問ばかりする者は「厄介者」扱いされてきた。みんなの前で反対を意思表示することは「和」を乱す行為で、協調性のない態度だとの教育がなされて来たのだ。

それに、たとえそのような卓抜した能力あるいは資質や力量を兼ね備えた人物が組織や集団の中にいたとしても、その人物のそれを遺憾なく発揮しうるような仕組みや体質を持っているような組織や集団が、かつてこの国のどこに存在しただろうか。

様々な分野での組織の長の選任方法についても、中枢あるいはその側近による情実人事であったり、派閥や学閥や閨閥、あるいは同郷の人間を依怙贔屓で抜擢したりするといったことが当たり前のように行われ、あるいはカネで権力を売り買いするようなこともしょっちゅう行われて来たのではなかったか。そこには公正性も透明性もなかった。

果たして、そのような実態を直視せずに脇においておきながら、リーダーシップ論を繰り返すことに一体どれほどの意義があるのだろうか。それはまるで、ありもしない架空の社会でのリーダーシップ論を交わしているだけではないのか。それは、例えば「日本国の失敗の本質」というようなテーマで議論する場合にも同じことが言える。それでは現状を無視した上での議論でしかないのである。

ところがそんな議論をその道の専門家とされているような人たちが大真面目にやっているのだ。

 

そこで私は思うのである。こうなってしまうのも、結局のところ、彼ら自身が、既述の3つのものの考え方と生き方の特徴を、これまでそれぞれが生きてくる中で、自分で気づかないうちに、頭の髄にまで染み付かせてきてしまっているからなのではないか、と。
そしてそれは、さらに突き詰めれば、この国の明治期以来の文部省、そしてその看板だけを架け替えた文部科学省の学校教育の中身がもたらしたものだったのではないか、と。

とくに国民一人ひとりが正しい自己認識を持てるようになるには正しい歴史教育が為されることが必須であるが、この国の政府文部省と文科省の官僚による教育は、そういう教育はかつて一度としてしてきたことはなかった。
むしろ彼ら官僚は、この国の正しい歴史の流れを系統的に因果関係の中で正しく教えることをあえて避けてきたのだ。児童生徒一人ひとりの個性や能力を伸ばすという点においてもである。単なる知識として、それも出来事の羅列や寄せ集めという形でしか教えてこなかった。だから生徒には、過去が整然とした姿で捉えられるようになることなどほとんどあり得なかった。
むしろ歴史を敬遠させてしまい、無関心にさえさせて来た。自分の中で心理的な葛藤を起こすことなく、日本の歴史を受容できるようには教えられては来なかったのだからだ
(K.V.ウオルフレン「愛せないのか」p.162)。多分、生徒たちの目には、この世界はいつも、広大なカオス状態にしか見えなかったのではないか。

果たしてそうした実態の中で、あるいはそうした実態を直視し、それを謙虚に反省するということのない中で、リーダーシップ論を展開させることに、一体どれほどの意味と意義があるというのか。それも互いに識者と自他共に任じている者同士が、である。

 

では果たして、私たち日本人一般は、どうしてここに述べてきたような「ものの考え方」や「生き方」を身につけるようになったのだろうか。

それについては、次の「5.2節」にて、これも私なりに、考察してみようと思う。