LIFE LOG(八ヶ岳南麓から風は吹く)

八ヶ岳南麓から風は吹く

大手ゼネコンの研究職を辞めてから23年、山梨県北杜市で農業を営む74歳の発信です/「本題:『持続可能な未来、こう築く』

11.4 経済の国内化、そしてさらに地域化————————————(その1)

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11.4 経済の国内化、そしてさらに地域化——————(その1)

 これまで、世界をますます混沌とした状態に落とし入れて来ている原因の一つが資本主義の終焉、つまり資本主義の時代は終わって新しい時代にそぐわなくなっているのに、その存続のためにあがきもがいている結果であるとして、そうした事態を招き、また自らも最も象徴的にそうした事態に陥っているアメリカを中心に、私はその混沌ぶりを概観して来た(第1章の1節)。一方、では私たちの国日本についてはどうかとして、表向きは資本主義の国といわれては来たが、実際には資本主義の国でも自由主義経済の国でもなかったということについても大雑把に見てきた(第1章の5節)。

 本節では、「経済の国内化、そしてさらに地域化」なる主旨をより明確にするために、資本主義の終焉ということの意味と、日本の経済システムの実態について、もう少し詳しく眺めておこうと思う。

そのためには、まず近代の資本主義とは実際にはどのようにして誕生したのか、そしてその行き着いた先はどうだったのかということについて見、そしてそれは一体何を意味していたのかということについて、私なりに考察してみる。

 近代という人類史の一時代を風靡した資本主義経済ではあったが、マックス・ヴェーバーに拠ると、その近代資本主義は、商業上の倫理規制などが本質的にはなかった中国やインドをも含むオリエントやギリシャそしてローマに誕生したのではなく、むしろその規制の厳しかったキリスト教の世界において誕生した。それも宗教改革後にはとくにその規制が厳しくなった禁欲的なプロテスタンティズムの支配する国々においてだった。そこでは、暴利を貪る商業やその担い手である旧来の大商人を敵視していた。そんな国々に近代の資本主義は誕生したのである。

 つまり、近代の資本主義を支えているさまざまな精神的な諸観念は、ピューリタニズムの持つ別の側面である営利的貪欲とはおよそ馴染まない禁欲的な倫理が生み出したのである。

 その勃興過程でその動きを人々の内面から推し進めて行った心理的な起動力というか精神は、通常、「資本主義の精神」と呼ばれてきた。

それは、単に勤労とか節約とか周到さといった個々の徳性そのものではなく、そうした個々のさまざまな徳性を一つの統一した行動の体系にまでまとめ上げているような、つまり歴史の流れの中でいつしか人間の血となり肉となってしまった、いわば社会の倫理的雰囲気とでも言うべきものであった。

 ではこの近代の資本主義、あるいは近代に特有な資本主義は、大昔からあった広い意味での資本主義とはどこが違うのか。

 それは、近代の資本主義は経営的資本主義、とりわけ簿記を土台として営まれる合理的な産業経営的資本主義であることだ。

つまり、資本主義の精神とは、たしかに利潤の追求とは結びついてはいるが、それだけではなく何よりも経営という社会関係に適合的な人間類型を生み出して行くことができたような社会的倫理的な雰囲気のことなのである。

そしてこの場合とくに重要なことは、その資本主義の精神の担い手の中には、資本家だけではなく労働者もまた含まれていたことである。

 さらに、そうした資本家と労働者の両者に資本主義の精神をもたらしたのは長い間の宗教教育の結果だった。それは、高度の責任感の伴った、あたかも労働が絶対的な自己目的であるかのように励む心情とでも言うべきもので、それを天職義務とする雰囲気を社会にもたらしていた。

天職、それは神の召命と世俗の職業という2つの意味から成り、私たちの世俗の職業そのものが神からの召命だとする考え方を示している。もっと正確に言えば、世俗そのもののただ中における聖潔な職業生活、これこそが神から各人に使命として与えられた、聖意に叶う大切な営みなのだとする考え方で、言い換えれば、この天職義務こそ、資本主義の精神の核心を成していたのである。

 なお、“資本主義の精神とは禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理のことである”と言った場合の「禁欲」の意味であるが、それは、私たち日本人がすぐに思い浮かべる、自己の欲望をすべて抑えて、積極的には何も行動しない態度とはまったく違うものだ。むしろその反対で、大変な行動力を伴った生活態度なのである。それは、あらゆる他の事柄への欲望はすべて抑えてしまって、———だから禁欲なのである———そのエネルギーのすべてを目標達成のために注ぎ込むという行動様式を言うのである。

 だから、こうした資本主義の精神を持ち、自分の職業を天職とする人たちは、金儲けをしようとしていたわけではない。富の獲得が目的なのではなく、神の栄光を表わし、隣人への愛のために専心した。だから無駄な消費はしなかった。それだから、結局金は残った。残らざるを得なかった。そしてそのことは、彼等が隣人愛を実践したということの標識となり、したがって自らの救いの確信にもなったのである。

 ピューリタンたちは残ったお金を、手元で消費せず、隣人愛に叶うような事柄のために使おうとした。たとえば、彼等は公のために役立てようと寄付をした。

 ところが結果として金が儲かっただけではない。他面では、彼等のそうした行動は、これまた意図せずして、合理的産業経営を土台とする、歴史的にまったく新しい資本主義の社会機構をだんだんとつくり上げて行くことになった。

ところが、それがしっかりと出来上がってしまうと、今度は儲けなければ彼等は経営を続けて行くことができないようになってくる。資本主義の社会機構が逆に彼等に世俗内的禁欲を外側から強制するようになってしまったのだ。

 こうなると信仰など内面的な力はもう要らない。いつの間にか信仰は薄れて行くようになる。

こうして宗教的核心は次第に失われてゆき、金儲けを倫理的義務として是認するようになってしまった。これが当初の「資本主義の精神」が変貌して行った経緯である。

 このように宗教的倫理の束縛から解放されると、世俗的禁欲の雰囲気は、資本主義の社会機構の形成という方向に向かっていっそう強力な作用を及ぼし始める。そして産業革命を引き起こし、ついには資本主義の鋼鉄のようなメカニズムをつくり上げてしまった。そして今やこの鋼鉄のメカニズムが自己の法則によって諸個人に一定の禁欲的行動を外側から強制するようになったのである。

 こうして「資本主義の精神」は資本主義をつくり上げる方向に作用して来たけれども、その後は、その「資本主義の精神」自体さえも次第に忘れ去られて行き、そしてその精神を失った「天職義務」の行動様式だけが亡霊のように存在するようになった。が、ついにそれさえも今や完全に消えてしまったのである(以上、マックス・ヴェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神大塚久雄訳p.373〜406より)。

 ここまでが近代の資本主義の誕生して来た概略的経緯である。

 このようにして誕生した近代の資本主義ではあったが、ではその後、どのような経過をたどることになったのか。

最初から利潤をも追求する人間の営みではあった資本主義を支えたその「資本主義の精神」が消え去り、また、高度の責任感の伴った、あたかも労働が絶対的な自己目的であるかのように励む心情さえも消え去ってしまうと、資本主義もいわば精神の抜けた殻だけのものとなってしまうのであるが、それでもまだ、ある時までは、資本主義は多くの人々に次のように期待をもたれ信じられもしていた。“資本主義経済の下では、勤勉に働けば、働いた分のお金が得られる”、“生産性を上げれば、それに見合った報酬を得られる”、と。

 しかしこれも、グローバリゼーション(経済の世界化)という考え方が広まって行く中で———ただし、最初のグローバリゼーションは、今からおよそ600年前から370年前にかけてのいわゆる大航海時代に生じたのであるが、ここでのグローバリゼーションは、近代の、それもとくに資本主義末期に生じたものである———、「貧困の撲滅」を標榜するネオ・リベラリズム新自由主義)という経済思想がやはりアメリカのウオール街を中心に登場し、それがそれぞれの国の政治(家)を動かして広がると、世界は一変した。元々グローバリゼーションは、その目的が、多国籍企業が国境を越えてビジネスを展開できるようにし、市場を独占しうるようにしたものであるのに対して、ネオ・リベラリズムは、それぞれの国の中の様々な規制、とくにそれまで公的に守られ保護されて来た制度での規制を緩めさせ、あるいは撤廃させてしまおうというものであったため、その2つの考え方は相呼応して世界に猛威を振ったのだ。

主義も倫理観もない「グローバルな資本」は国境を瞬時に越えて、資本主義は世界をカジノ(賭博場)とするギャンブル資本主義と化した。その結果、価値の源泉は人間の労働にあるとされたがゆえに「物づくり」を土台として成り立ってきた資本主義ではあったが、それが圧倒されるようになった。その結果、それまでは単に資本主義とだけ呼ばれて来たそれは、儲けることそのことを至上とする資本主義、あるいは金が金を生む資本主義、「金づくり」資本主義、「強欲」資本主義、「金融」資本主義と、様々な呼ばれ方をする姿に変貌してしまった。

 その結果、先進諸国の間では、かすかに残されてきたその“資本主義経済の下では、勤勉に働けば、働いた分のお金が得られる”とか、“生産性を上げれば、それに見合った報酬を得られる”との期待も、今は、ほとんど完全にと言っていい程に裏切られるものとなってしまったのである。

 そんな中、人々は互いに比較することや競争することを煽られた。そうなると、社会にはやさしさが失われ、ストレスに苦しむ人々は激増し、鬱病や癌等が急増し、孤独を感じる人がますます多くなり、一人ひとりは孤立し、自殺者も増え、人々の幸福感はどんどん下がって来他のだ。

 ところがそこにさらに、資本主義を変質させて行く中で巧妙に金と権力を手にした一部の富裕者がその持てる金の力で政治家を動かしては民主主義政治をも歪め、社会の様々な制度———とりわけ税制や金融制度等———を自分たち富豪者に好都合なように変えさせて行ったことにより、元々あった社会の中の貧富の差をいっそう激化させることになった。それだけではなく、その差の激化が人々の間に対立を生み、対立が分断を生み、そしてそうした社会の分断状況に便乗する政治的ポピュリストを生み、政治的にもいっそう混迷を深めてしまったのだ。

 一方、グローバリズムの進展の中、ネオ・リベラリズムを採用するようにと、とくにウオール街のハゲタカ金融企業にそそのかされて、ウオール街と一体になって活動するIMF世界銀行から「援助」という名の融資を受け借金した途上国の多くでは、多国籍企業によってそれまでの地元経済は破壊されてしまう。そうなると人々は否応なく労働者になるよりなかった。それも、多国籍企業にとっては格安賃金で雇え、しかもいつでも取っ替えが利き、使い捨ての利く労働者になるよりなかった。こうして貧困と格差はますます進んだ。住民どうしも心を病んだ。国としても残されたのは莫大な借金だけとなり、国家財政は破綻してしまう。そこへさらに追い討ちをかけ始めたのが彼らにはそれを生じさせた責任は少しもない地球温暖化そして気候変動であり、またそれに因る異常気象だ。干ばつや海面上昇等の影響をもろに受け、もはや多くの人々は長年暮らしてきたそこでは生活できなくなって、隣国さらには先進国への移民を余儀なくされてしまってもいるのである。

 先進国と途上国の両者に見られるこの現象こそが、近代に誕生した資本主義の行き着いた状況であり、今日の世界の実態である。

 こうして、歴史上の一時代を成した「近代」であり、そしてその近代の主流をなして来た「資本主義」という経済システムではあったが、それらは、今見て来た世界の現状からしても、また既述して来た状況(1.2節)からしても、結論として、今や明らかに終焉を見たとしか言いようがないのである。

少なくとも資本主義が資本主義として意味を持ち通用しうる時代、そしてその資本主義に基づく経済システムが“経世済民”との意味を持つ経済システムとしての有効性を持つ時代は終わった、それも確実に終ったのだ、と考えられるし、そう考えるより考えようはないのである(1.3節)。

 実際、それをはっきりと裏付けた出来事がリーマン・ブラザーズの経営破綻であり、それを機に次々と破綻に追い込まれて行ったウオール街の大手銀行が、“大きすぎて潰せない”という理由の下に政府によって救済された事件だ(2008年)。

 なぜそれがアメリカの資本主義の終焉を決定づけたと言えるのか。それは、政府が救済のためのお金を拠出したことによる。そのお金は国民のお金なのだからだ。

 バブル経済の崩壊は過去、アメリカにも幾度もあったが、しかしそのいずれの際にも、銀行が政府の手で救済されるということはなかった。今回が初めてなのである。

つまり、これこそがアメリカの資本主義経済はここで終った、ということを意味するのである。

なぜなら、自由競争を原則とする資本主義の下では、企業が倒産したならそれはそれで仕方がないとし、倒産しつつある企業、倒産した企業を政府が救済するという手法も発想も最初からないからであって、その倒産しつつある企業を政府が救済する、つまり納税者の金で救済するというのはもはや社会主義経済の発想による手法だからだ(広瀬隆「資本主義崩壊の首謀者たち」集英社新書p.85)。

しかもその発想は、アメリカ人が最も尊んだ自由とは正反対の、そしてアメリカ人が最も忌み嫌った「計画」経済を国是とするソ連(当時)の経済システムに拠る発想だった。

 実は金融機関に対するこうした救済の仕方は、日本では既に1996年には行われていた。「住専」こと住宅金融専門会社が倒産した際のことだ。当時の大蔵省の官僚はその後のリーマン・ブラザーズの時と同じように「金融破綻を防ぐため」との口実の下、6850億円という巨額の救済金を国民の金をもって救済していたのである(「住専のウソが日本を滅ぼす」毎日新聞特別取材班)。

そういう意味では、日本もそのとき既に資本主義経済は終っていたと言いたいところではあるが、しかし、前述したし後述もするように、この日本という国の経済とそのシステムのあり方は、戦後、一時たりとも、本来の意味での、あるいは世界が認める意味での資本主義経済であったためしはなかったし、真の意味での自由主義経済であったためしもない。だから、「日本もそのとき既に資本主義経済は終っていた」とは言い難いのである。

 こうしたことからも判るように、近代国家というものの枠組みが確立されて行く過程で形成されて行った資本主義という経済体制ではあったが、そして資本主義はその近代国家の中での諸制度に守られて支配的となって行った経済体制ではあったが、既述のように、資本主義の中核をなす企業というものが国民のカネをもって救済しなくてはならないような状況になったり、資本が国境を越えて瞬時に行き来するようになり、資本主義の体制自体がグローバル資本の暴走を制御できなくなってしまった時点をもって、近代は明確に終った、と見ることができるのである。

 その上、これも既述したように(1.3節)、近代を土台から支え支配して来た思想や価値観そしてエネルギー資源もが同時に通用し得なくもなっているのである。そうさせているのが「環境問題」だ(4.1節での再定義された「環境問題」を参照)

 こうして、近代は、あらゆる角度から観ても、既にとうに終っている、と言える。

 ゆえに、終っているはずのその近代の延命に執着すればするほど———とくに執着しているのは近代によって大きな富や権利や名声を得て来たエスタブリッシュメントと呼ばれる人々である———、世界は矛盾を深め、混迷度を増し、地球の自然を傷めつけ、その結果として文明と人類の終わりを早めてしまう、ということになるのである。

 時代というものについては、本来は歴史家が定義し、変遷についても歴史家が区分するものであろうが、歴史のどの時代をとってもそうであったように、歴史家の定義とは無関係に、その内部に次々と矛盾が激化し、それがもはやどうしようもなくなった時点をもって次の時代に取って代わられざるを得ないものなのである。近代という時代の終焉も、決してそうした時代変遷過程の例外ではない。

 

 ところで、私たちのこの日本という国は、とくに戦後から今日まで、一時たりとも真の資本主義の国でも自由主義の国でもあったためしはなかった、見かけ上の資本主義の国であり自由主義の国でしかなかった、とは述べて来たとおりである。

 実はこのことは、ちょうどこの国は表向きは民主主義の国と見なされながら、実質的には決してそうではなく、官僚が主権者であるかのように傲慢で狡猾、かつ冷酷で恣意的に振る舞う官主主義の国、というよりは官僚独裁の国であったという事実とピッタリ符合する。またこの国は、表向きは国家と自称し、また外からもそう見られて来たが、実際には真の国家ではなかったという事実ともピッタリと符合するのである(2.6節)————尤も、そうなる根本原因は、国民から選挙で選ばれたはずのこの国の政治家という政治家があまりにも民主主義議会政治のあり方に無知で、愛国心がなく、自国民への忠誠心がなく、本来公僕でしかない官僚をコントロールし得ないで来たからなのであるが————。

そしてこれらはどれも、根本のところでは一つの同じ原因に行き着くのである。つまりその原因こそが、似非資本主義を、似非自由主義を、似非民主主義を、そして似非国家を形作って来たに過ぎないのだ。

 それは、こういう意味である。

こうした状況を作っているのは、いずれも直接的には中央政府ではあるが、しかし内閣ではなく、実質的には各府省庁の官僚である。総理大臣をはじめ各閣僚も、その実態は、彼らが国民から選挙当選時に負託された権力を官僚に委譲するという、有権者と民主主義を裏切る行為を重ねながら、官僚に依存し、また追従して来たからなのだ。

 しかし、である。そんな者を「選挙」で政治家として選んだのは他ならぬ私たち国民自身なのだ。

つまり、「根本のところでは一つの同じ原因」とは、私たち日本国民のありように帰することだと私は考える。それも、既述してきた、世界ではおそらく絶対に通用しないし理解もされないであろうと考えられる特異な「ものの考え方」とそれに基づく「生き方」をしている私たち日本国民のありようなのだ(6.1節)。官僚あるいは役人を長いこと「お上」などと呼んでは、彼らから見倣った「ものの考え方」と「生き方」を、少しの疑問にも感じずに、依然として続けてきている私たち国民なのだ(6.2節)

 日本の産業界は、主に、いわゆる「系列」と「業界団体」という二つの組織パターンが一緒になって成り立っている、とK.V.ウオルフレンは指摘する(K.V.ウオルフレン「人間を幸福にしない日本というシステム」毎日新聞社p.38〜47)。

 系列に入ることの決定的利点は倒産しないで済むこと。言い換えれば、系列企業は、全体で、各都市銀行を中心に系列内の個別企業の倒産を防ぐ強力な安全網をつくっているからだ。

そしてもう1つ、企業間の入り組んだ関係をまとめ、個々の産業分野の秩序を保つシステム、いわゆる業界団体や同業組合をつくっているのだ。

日本では、各産業部門における企業の発展計画の方向を、政府省庁や経済界(経団連、日経連、経済同友会日本商工会議所)の管理者たちが望ましいと考える方向に一致させようとする強い強制力が働く。

そして日本では、企業活動に対するこうした強制力は、たいがい同業他者を通じて働くのだ。

日本の産業は、実際には、多くの「事実上のカルテル」と言うしかないもので成り立っている。

価格は大部分が「談合」によって決められる。このために、日本の消費者は他のほとんどの国の消費者よりも商品を高く買わされている−−−このことも、各産業界において、企業の内部留保金を増やすことに繋がっているのである(12.1節を参照)−−−。市場占有率や業界内順位に至るまで、多くのことが競争によってではなく話し合いで決められている。そして、こうした、非公式だがきわめて重要なカルテルのお膳立てをするのが「業界団体」なのだ。

その形は業界ごとに異なってはいても、有力な業界団体は、会員企業に仲間で決めたことを強制する強い力を持っている。日本の企業は、こうした団体に加わらなければその分野でやって行けないのだ。だから、すべての企業が、このシステムの中にとどまることを余儀なくされているのである。

 系列企業では株主が拡散していて、誰が企業の持ち主なのかはっきりしない。オーナーが経営しているのは中小企業だけで、大企業はオーナーではなく経営者に委ねられている。正にこの理由から、どの大企業にも外部からの介入が容易になる。

そしてそうした介入は、業界団体を通して行われる。

 系列システムは、倒産に対する安全網の働きをするので、より大きな市場占有率を目ざした長期的な企業活動を可能にする。外国市場では、日本の大企業は、系列銀行の安定した融資をあてに出来るので、目先の利益のことはあまり心配しないで、比較的安い値段で長期間商品を売り続けられる。

そして業界団体が、こうした経済活動のすべてが互いに調和するよう、大企業どうしの過度の競争が起こらぬよう取りはからっているのである。

 一見、私企業が勝手に結びついているかに見えるこの二つの組織パターンである「系列」と「業界団体」は組み合わされて外国企業には絶対真似のできない効果を上げるのであるが、その構造全体は、頂上部分で政府の各省庁(の官僚)と組織的に連結している。

 こうして、業界団体は、各府省庁の官僚たちの格好の「天下り」先となり、「渡り鳥」先となるのである。

 これらが他国とは決定的に違う日本の生産システムを特徴づける最大の要素であり権力関係であるが、日本が本物の資本主義とは言えなくさせている要素はさらにある。

 周知のように、大企業は多くの下請け企業と密接に結びついている———先の通産省を初めとする経済関係省庁の組織としての記憶を受け継いでいる今の経済関係省庁の官僚たちは、「下請け企業」ではなく「協力企業」と言い換えさせているが、それは、本質あるいは真実を隠すための言い換えに過ぎない。それは、たとえば先のアジア・太平洋戦争において、軍部の官僚たちが、撤退を転戦と言い換え、戦車を特車と言い換え、売春婦を慰安婦と言い換え、敗戦を終戦と言い換えて来たと同じ態度である———。

大企業は太陽系の中心に鎮座する太陽さながらに中小企業に取り巻かれている。

 この「縦方向の系列」の中では、中小企業、ときには小さな町工場が、大企業には真似の出来ない技術を持って、真似の出来ない安さで部品をつくり、大企業を助けている。百社以上の企業が、システムの頂点に君臨する大企業の支配下にある場合もある。これらの中小企業は、不況時にはつぶれるにまかされ大企業のクッションの役目を果たすし果たさせられる。政府省庁の官僚はそれを見殺しにする。こうして中小企業は大企業に、価格面での計りしれないメリットを与えているのである。もちろんこうした関係を維持している中では、大企業も中小企業も、互いの関係は対等で独立であるという発想など育ちようもなかったし、中小企業の側も、大企業に対して、自分たちの生み出す製品には他には見られない付加価値があるのだからそれなりの価格でなくては提供できないという誇りと気概を持った発想も育ちようがなかった。

 この下請けシステムの底辺では、労働者たち———家族だけという場合もある―——は、たいがい猛烈に働かされる。それは大企業の比ではない。ところがこうした小さな下請け業者たちも、ほとんどの場合、彼らの業界の業界団体に取り仕切られていて、やはり協調を強いられる。

 一方、販売部門に目を転じると、小売業者たちも、販売業者の組合を通じて、はやり大企業とつながっている。小売業者はいわば、販売面での下請け業者なのだ。組合からの指示で、小売業者たちは、日本の市場から外国製品を閉め出すことに協力し、消費者物価を外国より高いレベルにずっと保つことにも手を貸している。

 こうして、日本では、一つの企業が、ほかの全経済組織からなる構造の中にしっかりとはめ込まれているのである。これが、自由競争を本旨とする資本主義であろうはずはない。

 このような経済組織が出来上がったのは、基本的には戦後のことである。

そしてこれらの巨大な経済システムにおいて、国民ひいては消費者が最も注意深く観察し、チェックしなくてはならない重要な側面は、この官僚組織を頂点とするシステム自身が法律の条文規定にはまったく基づいてはいないし、ほとんど法の外で運営されているという事実である(K.V.ウオルフレン「人間を幸福にしない日本というシステム」毎日新聞社p.101)。

 こうして日本では、企業、とくに大企業にとっては、競争は無し、投資のリスクも無し、倒産の心配も無用、製品の販売に関しては価格を操作できるし、したがって利益がほぼ保証される。それらは政府(初め大蔵省と通産省と厚生省と建設省等、今は財務省経済産業省厚生労働省国土交通省等の経済関係省庁)が保障してくれるからだ。

 以上のことから、私たちの国日本は世界、とくに欧米先進国が当たり前にしているような資本主義経済の国では断じてないということが判っていただけたと思う。自由で公正な競争をし、競争に敗れたら倒産するしかない本物の資本主義の経済の国などでは決してないということが判っていただけたと思う。だからといって計画経済の国でもない。ずっと官僚による官僚の利益のための統制経済の国だったのだ。そしてそこでは政治家は実質的にはまったくと言っていいほどに関与はしていない。放任し、また追随しているだけなのだ。

 そして同時に、これらの経済システムと経済構造と、そこに既述の文科省の官僚による学校教育行政とが一体となることによって(10.2節)、日本における民主主義の実現をも阻んで来た。今もこの国は真の意味での民主主義の国とはなっていないのである。国民の大多数は、今もなお、「民主主義とは何か」を確信を持って説明できない状態にある。

 さらには、こうした事実からも、「国家」の定義(4.1節)を確認していただければお判りのように、この日本は国連に加盟してはいるが、他の192の主権をもった国家群とは違って、いまだに本物の政府もなければ、本物の国家にもなってはいないのである。そして、サンフランシスコ講和条約によって日本は公式には独立国となり、また海外からもそう見なされてはいるが、対米追随外交に明らかなように、真の主権もなければ、真の独立国でもない———そのことは、たとえば、「日米安保条約」に関連して、アメリカが日本とドイツとイタリアとの間でそれぞれ結んだ「地位協定」の内容を比較すれば明らかだ———。

 言い換えれば、この国は、とくに戦後、世界の自由経済市場において経済競争するにも、本物の資本主義をとっている諸国とはまったく違う仕方で経済競争をして来たのだ。

それは、戦略も持たない中で起こした先のアジア・太平洋戦争時の「護送船団方式」そのものだった。そして、その戦時下と同様、戦後も、そのまやかし資本主義経済システムの下では、つねに産業界の利益が国民の福祉より優先され、そのうちでもとくに大企業は税制面で国民のお金をもって官僚らに優遇され、主権者である国民の生活や福祉の方は決まってその犠牲にさせられてきたのである。

 政府官僚がこの統制経済システムに拘る目的は、戦時中と同じで、自分たちが支配しながら、外国に対して、無敵の艦隊ならぬ、無敵の生産マシーンを築きたかったからだ。そうした仕方こそが国力を付け、国の安全が図られる唯一の方法、と彼等は信じたからだ。

 しかしそこで言う国力とは、本来の国民力としての、あるいは国民の底力という意味でのものではなく、あくまでも産業界が国際競争力を持つという意味でのものでしかなかった。

 バブル経済を企み、またそれを崩壊させた(1991年)のも大蔵省(当時)の官僚であるが、この護送船団による統制経済の実態を象徴的に見せてくれたのが既述のいわゆる住専問題だった。1996年3月3日、大蔵省(当時)の官僚は、同官僚の意向どおりに動いた住宅金融専門会社住専)が不良債権処理に行き詰まった際、同社を国民のお金6850億円をもって救済したのである。

 以上、これまで世界を風靡して来た近代固有の資本主義経済の始まりからその終焉までの経緯と、それに対する日本の経済システムの本質とも言うべき有様を大雑把に見て来た。

 そこで、ここからが、以上のことすべてを念頭においての、本節の表題に沿った考察である。

しかし、以後は、次回の(その2)に回したいと思う。