LIFE LOG(八ヶ岳南麓から風は吹く)

八ヶ岳南麓から風は吹く

大手ゼネコンの研究職を辞めてから23年、山梨県北杜市で農業を営む74歳の発信です/「本題:『持続可能な未来、こう築く』

13.6 文化としての技術・芸術・芸能・工芸の振興とその担い手の 国家による持続的育成制度

13.6 文化としての技術・芸術・芸能・工芸の振興とその担い手の

国家による持続的育成制度

本節では、次の筋道に従って私の論を進めてゆきます。

⑴ 文化とは何か。

 文化とは、ある人によって見出され行われている生活様式がその地域の人々の暮らしの様式となったもの、辞書的に言えば、「人間が自然に対して手を加えることによって形成してきた物心両面での、暮らしの中に取り入れられた様式と内容」のことであって、そこには、「衣食住をはじめ、科学・技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容を含む」、とある(広辞苑第六班)。

あるいは広義としての文化とは、「我々の習慣、風俗、ずっと続いてきた制度・機関、歴史の中で育まれた趣味・趣向など、およそ次世代に引き継がれそうなものならなんでも文化の一部である」、狭義としては、「社会の高度の洗練された生産物を指すもので、文学や音楽といった芸術、宗教、哲学、科学など」と説明される(カレル・ヴァン・ウオルフレン「なぜ日本人は日本を愛せないのか」p.52。 以下、本書を主に参考にしてゆくが、その際の括弧内の数字はその書のページである)。

 つまり文化とは、集合としての私たちの生き方そのものなのである。

その文化は、その土地の気候、地形、その他の自然条件と歴史とに密接な関係にある。またそれだけに、文化は必然的に地域性を持つ。つまり文化は、そのままの形では他所に輸出することも、他所から輸入して真似ることもできないという性質を持つ。

 しかしながら、文化は何も人間についてのみ成り立ち得るものではなく、持続的な群れ生活をしている生物一般について、それも特に哺乳類、その中でもなんと言っても霊長類についても言えることである。

そこで、文化とは、最も一般的には、「一個の生物個体の新しい行動が、群れという集団としての行動様式になったもの」、と定義し得ることが判る。

 当然ながら、その文化の成立は、持続的な群れ生活をしている生物においてでなければ、本格的には不可能である。

 そして文化は、ひとたび成立すると、それを共有する個体の様々な経験に基づく学習がそれに付け加えられて、発展してゆく。

 そこで、以下では、文化を、カレル・ヴァン・ウオルフレンに従って、「人々がいつも行なっているありとあらゆること」という広義の意味で用いてゆくことにする(52)。

 

⑵ では、その文化とは、私たち人間にどのような意味を持つのだろうか。文化の持つ役割とは何であろう。

 それを整理した形で言うとこうなる(同じくカレル・ヴァン・ウオルフレン「なぜなぜ日本人は日本を愛せないのか」)。

・多くの習慣からなる文化は、社会秩序の安定に役立つ(67)。

・文化の持つその象徴的な機能によって、個人の社会生活を極めて意義深いものとさせてくれる(67)。

・また文化は、私たちに、私たちの外部世界を理解可能にもしてくれる(69)。

・そして、人々の行動に意味を与えてくれもする(69)。

 

 このことから判るように、私たちは皆、成長の過程で、文化によって方向付けられるのだ。それも、ある程度は。そして、私たちの現在の行動と思考も、私たちの文化の影響を受けているのである。おそらく、かなりの程度(55)。

つまり文化、この場合日本の文化は、私たち日本国民を他でもない日本人として育ててくれたのであり、また今後も育ててくれるものなのだ。

 このように、集合としての私たちの生き方を決定づけるのは文化であって、決して文明ではない。

言い換えれば、日本文化は、私たちをして日本人としてのアイデンティティを持てるようにしてくれるものなのである。

 このことから、私たちは、文化というフィルターを通してでなければ、世界を見ることができないし、文化の違い故に、社会が違えば、人が周囲の世界を解釈する仕方も違ってくる、と言えるのである。

・だが、ある人の性格が形成されるにあたっては、社会の他の人々が信じていること(これは文化の一部である)がどの程度与かっているかは、人によって違う。社会の決まりごと(これも文化の一部だ)がその人の日常の行動にどの程度影響しているかも、人によって違う。

誰もが知る通り、極めて素直で従順な人もいれば、反抗的で意思の強い人もいる。だが、私たちが知っているほとんどの人の性格は、その中間に位置するのである(56)。

 このように、文化の意味は、人によって異なっている。

またその意味で、私たちは、平均して、部分的にしか文化の産物ではない、とも言える。

 そしてこのことから次の重要なことも言えることが判るのである。

それは、ただ一通りの振る舞い方だけを人々に許すと結論するのは危険だということだ。また、いかなる場合もこう振る舞うべしという硬直した考え方をすることも決して望ましくないということも、だ。それに、文化については、その良し悪しは決して検証し得ない(71)。

 ところが、ときに支配者は、国の様々な習慣の中から特定のものを選び出し、政治的に都合のいいように束ね合わせて、国民にそれを強制しようとしがちだ。特に安倍晋三政権が国民に明治時代の道徳を今日の教育過程において押し付けようとしたのはその典型だ。また、同安倍政権の時、安倍晋三が国民に呼びかけた「美しい日本」もそれだ。

あるいは、国の様々な習慣の中から特定のものを選び出し、政治的に都合のいいところだけをつまみ出してはそれを疑似宗教に仕立て上げたりもする(69)。

 その象徴的な実例が、明治時代の権力者たちが作ってきて、それが大正、昭和と続き、アジア・太平洋戦争敗戦まで続けてきた、疑似宗教としての「国体」という偏った観念に基づく政治的社会的思想あるいはイデオロギーが正にそれだ(69と83)。

 ともかく、集合としての私たちの生き方そのものが文化である、とは言っても、その文化は変えてはならないという考え方は馬鹿げているし、ひどく有害でさえある。

なぜなら、そうでなかったなら、社会は硬直化し、進歩もなければ、社会の望ましい変革も起こり得ないだろうし、また正義のための闘いもあり得なくなるからだ(57)。

 

⑶ 私たち日本国民は、文化に対する姿勢として、これまで、政府によって、どのように教えられてきたか。

 個人と集団という関係で見たとき、文化にはそこから逃れられないという意味はないにも拘らず(54)、日本文化が全てを決定していると教えられ、また文化は変えてはならないものとも教えられ、それが強い思い込みとなって一人ひとりの精神を拘束し、その結果として個人の自主性を著しく阻害してきたのである(50)。

 その好例が既述の「国体」というイデオロギーだ。

日本にはもともと社会的な調和が備わっており、「一億一心」の「家族国家」の中心に慈悲深い天皇がおわしますという思想のことだ。それは、聖徳太子時代からの「和」と慈悲深い「お上」との構成の上に成り立っている(76)。

そのイデオロギーは、国民に、心身両面における絶対の忠誠を要求するとともに、この国家イデオロギーを公認の最高宗教とするために、他の全ての思想信条は自動的に弾圧され、この国家イデオロギーのしもべとなるよう強いられたのである(76)。

そしてこの国家イデオロギーこそは、政府がその文化は変えてはならないという考え方を流布させる中で、ずっと日本文化の核心をなしてきたのだ。

・その結果、日本の文化は、今日に至ってもなお、明治期のこの時の政府の全体主義的介入から完全に回復できてはいないのである(76)。

 

⑷ そのように教えられてきた文化に対して、私たち日本国民は実際にどのように接してきたか。

 この国の中央政府が、もっと正確に言うと中央政府の経済担当府省庁の官僚たちが、財界の官僚たちとの間で非公式に設けてきた国策、つまり国民に事前に説明し、了解を得た上でのものではない「果てしなく工業生産力を増大させる」という、少し真剣に考えれば、理論的にも現実的にもそんなことは成り立つはずもないことがその時点で判る政策を国民に押し付け、国民もそれをほとんど無批判で無条件に受け入れて来たのである。

「追いつけ、追い越せ」とか、「モーレツ社員」とか「社畜」という言葉はそんな風潮の中で生まれた。

 そこでは、教育や福祉、あるいは伝統の芸術、芸能、工芸、あるいは美術、演劇、思想、娯楽等の広い意味での文化を維持し、それを発展させるということを二の次、三の次にしてきたのである。しかも、その経済最優先の中では、日本の歴史を切り離してである。

  

⑸ では、そうした社会経済動向の中で、私たち日本国民は何を得、何を失ってきたか。

 得たものといえば、ただ一つ。「豊かさ」である。それも物質面に限定しての豊かさだ。その豊かさの中には、利便性の向上、快適性の向上も含まれる。その反面、精神的な面、心の面は全く置き忘れて来たのである。

その結果生じた現象が、人間関係における孤立化であり、人間の断片化であり、人間の浅薄化だった。また、国は富んでも、相変わらず貧しいままの国民、というものである。

 それだけではない。

 私たちは、経験を通じて、そしてその経験がいかなるものであったかその経験の意味を問うことを通じて、知識を、それも正しい知識を獲得してゆくものである。

 ところが、自らを歴史から切り離し、政府の経済発展最優先政策に無条件に従ってきた結果として、私たち日本国民は、概して一人ひとりが、自らの歴史的立ち位置を見失って来た。自分は今、人類の、あるいは日本の歴史の流れの中のどこに立っているのか、という認識を、である。だから、これからどうなってゆくのか、ということも、見通せない。だから不安を抱くだけだ。また長いこと歴史の中で、権力者によって、物事を疑問に思い、そしてそれについて問うと問う気風を抑圧されても来たがために、政治制度や社会の様々な文化や習慣に対して、それが今の時代や状況にふさわしいのか、維持すべきなのかと問うこともなく、ただ権力者の言うがままに従ってきたがために、自己認識をも持てないで来てしまった。だから、社会がことごとく行き詰ってくると、皆が皆、俯き加減になり、内向きになり、ストレスを抱え込みがちとなり、鬱になったり、時に現実空間から逃避して、仮想空間に逃れようとしたりしがちになる。

 自己認識は、私たちをして、自分を構成する要素と自分の機能について知り、幻想や妄想の部分が減って、感情をよりコントロールできるようにしてくれるという意味で、それを持てることは極めて重要なものなのである(112)。

 それだけではない。伝統的な文化をも失ってきた。

 例えば、地域地域によって違い、特色でもあった徳川時代から続くその地域固有の街並みがそうだ。歴史と伝統の中で磨き上げられてきた工芸の技術や芸術・芸能等々の様々な生活文化や、また伝統の祭りや地域独特の季節ごとの行事等がそれである。

 また、私が具体的に知っている限りでも、次のことが言える。

特に、鎌(かま)、鍬(くわ)などの農業道具が本当に使い勝手が悪くなり、すぐに切れなくなったりするのである。そのことは、有機農法を続ける中で、痛切に感じるのである。あるいは、鉋(かんな)、鑿(のみ)、鋸(のこぎり)などの大工道具類も、本当に質がどんどん落ちている。

 その他、和紙づくり、建具づくり、焼き物づくり、染め物、あるいは桶や樽、包丁等々を含めた、いわゆる「匠の技」もである。

 こうしたことが起こるのは、コストを削減し、効率と利潤を最大化することをもって「経済合理性」とする考え方に基づく資本主義経済とそのシステム、とりわけ画一的大量生産方式の拡大と一般化という時代の流れと、この国の中央政府の、経済を無限に発展させることを最優先する政策の結果であろうと、私は見るのである。

 

⑹ こうしたものを失うことは、日本国民にとって、何を意味しているのか。

 一言で言えば、根無し草の日本人となるわけだから、アイデンティティをほとんど持てない日本人となる、ということだ。特に伝統の文化を消滅させてしまうことは、同時に、日本の歴史の一部を失うことでもある。

そしてそのことは、後述するが、特に時代が資本主義が支配的であった近代を終えて環境時代NIすでに突入してしまっているこれからを生き抜いて行けるかという観点から見た時、極めて憂慮すべき事態だ、と、私は考えるのである。

 

⑺ ではこれからは、私たちは日本国民としてどうして行ったらいいのだろうか。

 日本は、特に戦後は、政府の非公式の国策「工業生産力を無限に発展させてゆく」によって、経済発展を最優先に進めてきた。そして国民は、その非公式国策に無批判かつ無条件に従ってきた————その結果として、この国は、とくに真の教育や福祉といった面において先進国と比べて大幅に遅れてしまうことになった————。

それは、世界的に環境問題、とりわけ温暖化と生物多様性の消滅が人類の存続にとって重大な問題となると判ってきた1960年代以降から今日に至っても変わらない。

 環境問題が表面化して来た時でも、この国ではいつも二項対立的思考方法に依って言い逃れをして来た。すなわち「経済か、環境か」、「経済を優先するのか、環境を優先するのか」という論法によってである。

そして深くものを考えず、また遠くを見やることもせずに、目先しか見ない政府と、損得でしか考えない国民の多くは、結局は、決まって経済を選び取ってきたのである。

 その結果が、今日のこの国の自然環境の状態や、日本人としてのアイデンティティを失った文化の状態を含めた全ての状態である。

 では今後もこのままでいいのだろうか。よくないとするなら、私たちはどうして行ったらいいのだろうか。

 これを考える際、どうしても明確に頭に押さえておかねばならないことは、今日のままでは、近い将来には、私たち地球上の人類は、ほぼ間違いなく、前例のない大惨事に頻繁に遭遇することになるだろう、ということである。

だから、ここで、「私たちは今後どうして行ったらいいのだろうか」ということを考えるということは、この国と国民の安全保障を考えるということなのである。

 安全保障というと、この国の政治家はすぐに、日米安全保障と結びつけたがるが、考えるべき安全保障は対外的なそれだけではない。食料安全保障も、エネルギー安全保障もある。

しかしここでは、私たち日本国民の、国民としての生き方の面における安全保障である。

 すなわち文化面における安全保障なのである。

 今、メディアでも、専門家や評論家(コメンテーター)などは頻繁にこれからの時代はITだ、AIだ、あるいはイノベーションだ、と力説するが、私は、それは全く無責任な主張とみる。つまりそんなことでこれからの環境時代、乗り切れるはずは絶対にないと私は確信するからだ。 

 これからの時代、本当に求められるのは、一人ひとりの生きる力だ、と私は考えるからだ。あるいは集団としての生きる力だ、と考えるからだ。

 それはまさに、文化を考えることだ。ITやAI、あるいはイノベーションを考えることは文明を考えることだ。

 もちろん文化と文明の関係も、それらが健全に発展してゆくためには、二項対立的考え方によるのではなく「調和」の捉え方をしなくてはならない(4.1節での「調和」の再定義を参照)。だから文明を考えることも大切だが、環境時代には、やはり文化を大切にすることの方がもっと重要なことだと私は考えるのである。

その理由は、既述のように(7.4節)、文明あるいはその産物は、どちらかといえば個々の人間を孤立させ、心身を虚弱にさせると同時に、自分本位にさせてしまう傾向があるのに対して、文化は、各地域固有の集団としての生き方であるという性格を本質的に持つものであるだけに、その地域の人々を結束させ、協力し合える力を育てるものだからだ。

文明とは、これも辞書的な意味に私なりに補足すると、生産手段の発達によって生産力が上がり、その結果として人々の生活水準も上がって、それがその地域に限定されるのではなく世界化した状態のことなのである。

 

 そこで、ここでの「ではこれからは、私たちは日本国民としてどうして行ったらいいのだろうか」を考えるに当たっては、次のことをまず確認しておかねばならない。

それは文化は地域共同体に属するものであるということ、それゆえに、政府は、文化には口出しをすべきではない、それに文化は絶えず変化してもいるのであるからだ(68)、ということである。また同じく、政府は文化を守ろうと努力すべきでもない、ということである。

 そしてもう一つ確認しておかねばならないことは、私たちは、自分たちの文化を超え出てゆく能力を持った、独立した個々人でもある(57)、ということだ。

そうした行動あるいは振る舞いをどの程度取れるかは人によりまちまちだが、しかし我々は皆、人間として、それをする能力を同じ様に持って生まれてきているのである(57)。

そしてその能力を誰もが持っているが故に、社会には、進歩も、変革も、また正義のための闘いもありうるのであるからだ(57)。

 そこでの倫理観は、私たちの文化の一部かもしれないが、そうでなくても構わない。とにかく、この倫理観は私たちが個人の資格で持ちうるもので、これによって私たちは自分の文化を超え出て行ける。そしてこの倫理観によって生きる時、私たちは真に人間らしい人間となるのである(58)。

 では上記目的を果たすためにはどうしたらいいか。

私はそれをこう考える。

・あらゆる文化を、それも可能な限り多様な文化を、政府が後ろ盾になって財政的に支援し、育てる。その際大切なことは、政府は資金援助はするが、口は出さないという姿勢を貫くことだ。

・学校教育制度を根本から改め、児童生徒の個性と能力を認め、むしろそれを積極的に伸ばす学校教育制度にする。

・進学し、サラリーマンになることだけが人生ではない。むしろサラリーマンには向かない若者もいる。それを無理やりサラリーマンの道を進ませることは、彼の能力と個性を殺すことだ。それは国家として損失でもある。

だから、社会で人間として生きてゆく上での基礎は全員が共通に学びながらも、それを学んだ後のある段階で、進学を希望する者と、我が道を行こうとする者とが、何の差別もなく、自由に選択できるような、そしてそれぞれを政府が後押しをできるような学校教育制度にする。

つまり、彼らがこれからの人生に立ち向かってゆくときの選択肢を国家として豊かに保障するのである。

 ここに、「我が道」とは、広い意味では、手に技や技術を身に付けた職人への道、芸を身につけた芸術家ということである。その中には、廃れつつある日本の伝統文化(匠の技・芸術・芸能)を再興させることに情熱を傾けてくれる者もいるかもしれない。

そうした彼らを育てるためには、例えば、国立の伝統文化再生のための幅広い人材養成機関を設立し、そこに志願者を募り、未だ存命の「匠」に指導していただく。

もちろん全額無償で、である。そこでの一応の基礎課程を終了した後には、指導を受けた者が今度は全国各地に散って、自らが実践的な体験を通じて技を極めてゆきながら、彼等自身が師匠となって若手後進を育てて行くのである。

 そしてゆくゆくは、彼ら一人ひとりが、その道での技を芸術的レベルにまで洗練させ、高めて行く。

 とにかく、今、この国は、人口が減少し、人口の高齢化が進む中で、国としての生き抜けるための安全保障を考える時、本当に求められるのは、ITやAI、あるいはイノベーションをやってのけられる人材ではなく、言い換えればGDPを上げることに貢献できる人材ではなく、多様な生き方をする中で、多様な能力、それもより高度な能力を持った、多様な人材なのだ、と私は確信する。

 同じような考え方や生き方をし、同じように行動し、同じような能力を持った人たちだけでは、一人いるのと大して違いはないし、それにどういう形で襲ってくるか判らない大災難には対応できず、乗り越えることもできない、と私は危惧するからだ。

 なお、最後に付言するならば、自国の文化の意義と価値を判ろうとしないところでは、どんなに外国の文化を見、接しても、多分そこの文化も、真の意味では理解し得ないのではないか、と私は考えるのである。